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zoom RSS ハーバードにおけるグローバル人材育成 何を考えるかを考える教育

<<   作成日時 : 2013/10/04 04:51   >>

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 ハーバード大学経営大学院教授の竹内弘高先生が「ハーバードにおけるグローバル人材育成」の題名で、日経新聞(9月25日)に寄稿されていた。ここではハーバード大学の5つのプログラム、

 @ケース・メソッド Aムーク Bフィールド・スタディ Cイノベーション・ラボ Dリベラル・アーツ

が簡単に紹介されていた。それをヒントに本ブログで書くべき内容を考えた。

 題名の「何を考えるかを考える教育」は私が付け加えた。これが、人生という長い航海をしていくための、重要な鍵となると考えたからである。順風満帆な日だけではない。凪の日もあれば嵐の日もある。それらすべてが合わさっての人生だ。そのなかで、自分自身の生きている意味を自ら問い、自ら船長となって人生という航海を設計・決断していく。日々設計と決断の連続だ。苦しいように感じられるかもしれないが、苦しさの中に喜びがある。自分で船を操船して始めてその喜びが見いだせる。そこに生きた人生がある。

 教育とは? それは自らの航路を自らで決めるための能力を養うための場である。一度港を離れると、船上には決断する自分しかいない。その決断のための方法論を学び取る場、それが大学までの教育の場である。しっかりと自分のものとした学び取ったその方法論は、それから続く一生という長い航海において、重要なコンパスの役割を果たしてくれる。一生のうちには色々な出来事、予期しなかった出来事が起こるが、その時々にそのコンパスを使い、あるべき方向へと自らの船を導いていく。教育の意味はそのようなものだと私は理解している。

 このコンパスは、最初は機能が少なく、その機能自体もあまり当てにできないものかもしれないが、一生をかけて機能を付け加え、さらに各機能も強化していく。これが、生涯教育というものである。一生勉強し続けても、勉強の材料は次から次へと尽きることはない。一生勉強を続けることの喜びを学び取る(学び取らせる)のも大学までの教育である。勉強することは苦しいこと(日本??)、知への航海(欧米諸国??)。教育の場での心構えが、人生という長い航海で、その進むべき方向を大きく変えていくことになる。



 日本の教育と欧米の教育は根本的に異なる。今までは異なっていた。

 日本の教育はすべての教科に亘って一定以上の水準となることを要求する。文科系が得意な人は理科系の科目で苦しむし、逆に理科系の得意な人は文科系の科目で苦しむことが多い。

小学校、中学校、高等学校においては、好きな部分・興味のある部分が得意な科目に結びつき、また、得意であることがよりその科目に興味を持たせる場合が多い。好きでない科目は、その時点では興味の外にあったり、その重要性が認識できていなかったりと、いろいろな理由が考えられるが、ともかくは何らかの理由があって得意ではないのである。

 この何らかの理由の中に、一生懸命に頑張るのだがなかなかその成果が現れない場合も含まれる。私の場合もそうであったが、こと記憶が入ってきたときにその学問が無味乾燥に思えた。理屈がなく、文脈がないからである。学校を卒業後に、読み本で歴史の流れなどを追うようになってからは、歴史には必然性があり、結構興味深いものであることを知った。教科書を暗記のためのテンプレートとして示すだけか、それとは逆に、その行間に隠れているドラマを生徒にあたかも目の前で起こっている出来事のように示せるかが、教師の力量であろう。

 さて、アメリカ、西欧の学校においては、日本の暗記方式とは逆に理解に重点をおく。理解していることの確認は、生徒の回答(解答ではない)に対してなぜそのように考えるのかの質問によりなされる。答えが合っているか違っているかも大切かもしれないが、なぜそのように考えたか?、そのプロセスを重視するのである。

 アメリカにはMBA(経営学修士)があり、日本からも多くの学生が留学した。最近では、日本国内の大学の多くがこのMBAコースを持っている。MBAにおいては、事例を通してその会社が取るべき戦略等を議論し、その議論から多くを体得する(ケース・メソッド)。デベート形式での講義となるので、深く考慮することができる。

 社会科学においては、科学の実験と異なり再現性が確保されない。社会情勢が一定であれば同じ答えとなるかもしれないが、会社を取り巻く環境は常に変化するので、常に同じ結果が得られるとは限らないわけである。したがって、回答(正解といっても良い)はいくらでもあり、どれが良いか悪いかを判断するのは難しいことになるが、論理がしっかりしているかどうかの確認はできる。これが考え方のトレーニングであり、知恵の使い方のトレーニングである。

 日本の学校における教育も、点数を何点取るかということも大切であるが、その生徒の得意と興味が何で、どのように導けばその生徒のためになるのか、幸せになるかの戦略をもって教育に当たるべきである。その戦略がないから生徒は暗記に走り、高学年になるとその暗記の上に形作られたさらなる暗記についていけなくなり、落ちこぼれとなるのである。そうではなく、考え方の道筋を教える教育が行われ、生徒が独自の目指したい方向に気づいた時、自律的に学習することが可能となってくる。このことがその生徒にとっての自信にもつながり、どのような環境下にあっても強い人間を形成することになる。

 自ら学ぶ習慣とその方法を身につけた者は強い。そして、その学びと週間は@ケース・メソッド Aムーク Bフィールド・スタディ Cイノベーション・ラボ Dリベラル・アーツにより、極限まで強化されていく。日本の学生はこのような欧米の学生と戦うことになるのです。

 明日はリベラルアーツについて。


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