アルケミストは考えた

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zoom RSS ハーバードにおけるグローバル人材教育 リベラルアーツ

<<   作成日時 : 2013/10/05 00:40   >>

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 旧制高校においては人生とはなんぞや、と同じ釜の飯を食いながら議論した。これは、生きていくためには全く無意味のようにも思われるが、この議論を通して生きる意味をつかみ取り、これがその後の人生を作り上げるための重要なプロセスであった。社会における自身の役割を意識したからこそ、戦前の人々は非常に建設的な仕事を成し遂げることができたと言える。

 ところが、戦後は事情が変わった。特にここ20年くらいの高校生は「ゆとり教育」の名のもとに、深く考えることがなくなったのではと思われる。「私はどこから来てどこへ行くのか?」 生きていれば必ず遭遇する問題であるが、この人生にとって一番大切な問いを避けて通った結果、迫力のない人生となっている。ものごとがうまくいかない理由を他人のせいにする風潮も出てきている。

 欧米諸国においては、リベラルアーツなる教育方針が大学学部生には徹底している。このカリキュラムにおいて古典に学び、生きる意味を認識する。古典を知らなければ、実業界においても尊敬されないことになる。日本人が欧米諸国の人と仕事を共にするとき、尊敬を得るのは、日本人が日本の歴史についていかに理解しているかということが重要となる。

 旧制高校から伝統的に続いてきた、いわゆるリベラルアーツがとぎれたのは、敗戦にアメリカがこの教育を禁止したためである。日本が再び息を吹き返すことを恐れたからと言われている。それほどアメリカはリベラルアーツが人間形成にとって重要であることを知っていたのである。日本の教育も再考する時に来ている。このままでは、世界に置いて行かれ、世界で孤立した日本となってしまう。日本の特徴はガラパゴスである。技術のガラパゴスは歓迎であるが、人と人とのつながりにおいてのガラパゴスには問題がある。

 若者よ。国が言う「ゆとり教育」などはナンボのものかと思い、それを無視する気概を持って、自分自身を鍛えることを望む。国もそれに気づき方向転換を始めたが、厳しさが足りない。欧米の大学生はリベラルアーツの名のもとに、寝る間を惜しんで勉学し、議論を戦わしている。今の日本の大学性がこの欧米の学生とディベートをしたとき、とても勝ち目がないと思われる。自分の人生は自分で切り開くべきである。国を信用してはいけない!頼れるのは信念を持った自分だけである。


明日はMBAとハーバードの同窓会について


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