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zoom RSS 加古川線・国包鉄橋を渡る蒸気機関車(昭和初期)

<<   作成日時 : 2013/11/24 00:11   >>

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 兵庫県を走る加古川線の国包鉄橋。加古川線は大正時代まで続いた加古川の流れを利用する舟運にとって代わり、兵庫県を南北につなぐ物流の動脈として活躍した。私が加古川市国包で過ごした約40年位前は(記憶では)朝の通勤時間帯などは最大6両編成のディーゼル車両でもギュウギュウ詰めで、多くの乗客を運んだ。蒸気機関車は何十両もの貨車を引いてこの鉄橋を渡った。

 今は、モータリゼーションの波に飲まれて乗客数は大きく減少し、もはや貨物がこの鉄橋を渡ることはなくなった。他に大きく変わったことといえば、加古川線全線が電化され、気動車に代わり1両あるいは2両編成の電車が走っているということである。電化により、阪神淡路大震災のような非常時には、加古川線から福知山線を経ることにより、神戸を通らずに電車に乗ったまま姫路から大阪まで行くことができるようになった。

 写真上は昭和初期、写真下は現在の国包鉄橋の様子である。中央部分は加古川の増水時に壊れ、トラス式に替えられている。写真を比較すると、少し見にくいが、昭和初期にはなかった歩道橋が現在は写真手前部分に付いていることがわかる。この部分は下の写真で確認できる。昔はこの歩道橋を渡って対岸まで行っていた。私が小学生の時は自転車に乗ってこの歩道橋を渡った。いまは残念ながら通行が禁止されている。下の写真より昭和の終わりまでは自由に渡れたのではないだろうか。

 この鉄橋の下では、土日ともなれば主に大学生によるレガッタの練習や競技が行われている。歩道橋は絶好の見学場でもあり、応援場ともなるので、JRがこの歩道橋を開放して下されば、国包の名所の一つとなることと思う。



関連ニュース

日本経済新聞 2013年10月22日
 サヨナラ「歩ける鉄道橋」 大阪の城東貨物線「赤川鉄橋」
 月末に歩道閉鎖 住民ら、名残惜しむ
 列車と人がともに通る全国的にも珍しい大阪市北部の鉄橋「淀川鉄梁」(通称・赤川鉄橋)の歩道部分が、他路線の乗り入れに伴い今月末に閉鎖される。慣れ親しんだ生活の1コマが無くなることを惜しむ声は多い。


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畑健夫撮影 写真集はこちら  画質はここに示した写真よりも良いと思います。


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「ひろかずのブログ」 かこがわ100選(61):国包の鉄橋 より


YouTube 「国包の鉄橋」はこちら


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