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zoom RSS 私が理想とする研究のあるべき姿とは

<<   作成日時 : 2013/11/27 05:53   >>

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 これは、「技術士・ひょうご」 2013年10月号に掲載された文面である。文字数の関係で一部省略している。


産業・技術論  私が理想とする研究のあるべき姿とは  畑 啓之                              

1.はじめに
 アベノミックスの3本目の矢として「民間投資を喚起する成長戦略」が掲げられた。内容は、1.産業の新陳代謝の促進、2.人材力強化・雇用制度改革、3.立地競争力の強化、4.クリーン・経済的なエネルギー需給実現、5.健康長寿社会の実現、6.農業輸出拡大・競争力強化、7.科学技術イノベーション・ITの強化、である。この中で、研究に関連している項目は、7.科学技術イノベーションのみであるように感じられるかもしれないが、よく吟味すると1〜6の項目も研究に深く関与していることがわかる。資源の少ない日本においては、他国が真似のできない、競争力のある技術を開発し、世界をリードしていく必要がある。そのためには、「2.人材力強化・雇用制度改善」は特に強く求められる。それをベースとして始めて「民間投資を喚起する成長戦略」が実現する。ヒト・モノ・カネと言われるように、この3者の中で一番最初に来るものはヒトである。

 私は、企業においてかなりの期間、化学の研究に従事してきた。入社した当時は、新しい発見や工夫に対して前例がないだけの理由でその後の研究が遅れることになったり、新しい分野やテーマを提案するときには他社もその研究を行っているかが重要視されたりもした。さすがに、今日ではそのようなことを言っていては世界に遅れをとることになる。むしろ、今までになかった斬新な多くのアイデアを発想し、可能性のあるものについては実際に試して行く、そのような姿勢が求められる。私の経験を踏まえ、私が思っている、あるべき研究の姿について述べることにする。

2.研究が開花するための条件
 研究は大きく基礎研究、応用研究、開発研究に分類することができ、そのいずれもが企業の成長、しいては日本国発展のための源泉であり、イノベーションが求められる。シュンペーターの定義によると、「イノベーションとは、物事の新機軸、新しい切り口、新しい考え方、新しい活用法の創造のことで、それまでのモノ、仕組みなどに対して、全く新しい技術や考え方を取り入れて新たな価値を生み出し、社会的に大きな変化を起こすこと」である。研究成果を研究成果そのものだけではなく、その波及効果をも貪欲に取り込む工夫がイノベーションには求められる。それがうまくいった時、「民間投資を喚起する成長戦略」の1〜7の項目が達成されてくることになる。

 科学に関する研究により、その企業ならではのイノベーションを達成し、他社にはマネができない技術に裏打ちされた製品を生み出す。これには柔軟な思考とたゆまぬ努力を続けるヒトの存在、そしてそのヒトの能力を伸ばし成果に結びつけるマネジメントが求められる。

 新しい研究成果を得るためには3つの方法がある。1.今までの延長線上に新たな技術を構築すること、2.今までその分野で常識とされてきたことを一旦否定し新たな仮説を立ててみること、そして、3.予期せぬ偶然の発見である。
方法1は、多くの企業が採用する方法であり、開発された新たな技術は想定の範囲内となることが多く、せっかく新技術や新製品を開発しても過当競争になりやすい。技術力が正当に評価されない電気製品の価格下落をみてもこの事実は明白である。この方法1で利益を生み出すためには、その企業の強みを生かした継続性のある研究を重視し、決して合成の誤謬には陥らぬことである。

 研究成果を得る方法2で、私が面白いと思っているのは超伝導の例である。1972年にノーベル賞を受賞した超伝導現象を微視的に解明したBCS理論からは、超電導が得られる温度は30−40K(ケルビン、絶対温度)以下であると考えられた。ところが、1980年代に入るとその予測温度を超える高温超伝導材料の発見が続いた。誰もが疑いも無く信じていたBCS理論が打ち破られ、超伝導領域が液体窒素(沸点77K)の温度領域にまで達した。

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                 Superconductivity(Wikipedia)より

 方法3は偶然に素晴らしい発見に至るものである。ノーベル賞を受賞した白川英樹先生は実験で触媒を入れすぎたために電気を通すプラスチックを発見した。同じく、田中耕一氏は意図せずに用いた溶媒がタンパク質の質量分析に好結果を与えることを発見した。このセレンディピティの幸運には誰でもが恵まれるものではない。幸運の女神はほんのひと握りの科学者にしか微笑まないし、たとえ微笑まれたとしてもその微笑みを感じられる科学者はさらに少ない。女神の微笑みを感じるためには常日頃より、研鑽し集中し、そして考える力を養成しておくことが必要である。ここにもヒトの力が求められる。

3.ヒトである研究者に求められること
 研究が新たな技術やノウハウ、そして新たな製品を生み出すためにはそこにヒトの持つ知識、アイデア、情熱、粘り、コミュニケーション、その他多くの能力が必要になってくる。どのような能力が必要になるかの一例は、次の調査報告書からある程度想像できる。

画像


 私もここに記されていることには全くの同感である。「自主性」「積極性」「自立心」は社会の中で培われていく。ユダヤ社会や西欧社会での教育においては、問題を探求する姿勢、常にWhyを言い続けることが教育の中心にある。日本のように物事の記憶では、過去は知るが未来を創造することはできない。研究者はたとえ些細な事柄であってもわからないことがあれば質問する。より好ましくは自分はこう考えるのだがと議論を吹きかける。主張した内容がたとえ間違っていたとしても、それが誤りであったということがわかった時点で大きな進歩であるし、黒白がはっきりしなかった時にはそれをやってみる価値があるということである。研究者は多くのディベートを通して磨かれていくのである。

 独創的な発想を生み出すためには、常に何を考えるか、どう考えるかの努力を積み重ねることが必要である。自分自身の意見を持っているからWhyを発することができる。Whyと言える研究者、このような研究者は日本社会においてはまだ生きづらいかもしれないが、独創的な発想を持つヒトの候補と成り得る。すべての源は疑問を持つことである。Whyはそのための魔法の呪文である。Whyといえば相談に乗ってくれる人もいるし、賛成してくれる人、反対する人など、多くの人とのコミュニケーションが可能となる。そして、自己の考えがブラッシュアップできる機会を得ることができる。Whyと言える研究者が市民権を得た社会においては、アベノミックスの果実は大きく育っていることだろう。

 また、「硬直的な専門性」と述べられているが、多くの学問領域に精通することによりこの硬直性は軽減されてくる。よく聞く言葉に、日本の博士は使い物にならないというのがある。これはまさにこの硬直性を言ったものであると推測されるが、全ての博士がそうであるとは思えない。欧米大学の学部教育においては卒業に3つの専門分野を極めることが要求されるが、日本はそうではない。しかし、多くの分野に興味を持つ博士修了者は、専門とした学問領域以外にも、自ら多くの知識とその分野に対する自論を持っている。物事に強い興味を抱きそれを極めようとするとき、多くの書物や多くの人と関わりを持ち、自ら求めることにより多くのものが得られる。研究への強い情熱、その目標の設定とそれを達成するための方法論、そのための惜しまぬ努力。これらが備われば、最初は少ない知識から始めても大きな果実に至る確率が高くなる。この場合、その道にどっぷり浸かっていたわけではないので、Whyの効用も高められる。忘れてならないのは、博士とは、その高みに至る道筋とその方法論を身をもって体験してきた人で、違う分野の研究においてもこの体験してきたことを活かすことができる強みを持っているということである。

 研究で大切なのは、何(機能)を、いつまでに、いくらで作るか、である。どのようにつくるかは単にその手段である。成果が得られる研究のためには、研究の目的を明確にし、より高め、自分の言葉に直す作業が重要である。この研究の本来の目的を達成しようとした時、製品化に関連する社内外の多くの関係者との連携が必要となってくる。ここにも大きなヒトの力が求められる。

 中小企業においては、他部署の誰がどのような人物でどのような仕事をしているか、このことは誰に相談すれば良いかなどが比較的わかりやすい。さらに、中小企業はひとつの技術やひとつの製品に集中していることが多く、大企業と比較してもその技術やノウハウの厚い蓄積がなされている。その点では、研究目標がはっきりしていれば、大企業よりも素早く成果が出せる環境にある。ヒトの柔軟性や問題解決の能力を強化すれば、十分に大企業に打ち勝つ能力を秘めている。

 蛇足にはなるが、最近のアメリカ式の成果主義はいびつである。毎年、なんらかの成果を出していかねばならないシステムにおいては、長期にわたる研究など腰を落ち着けてできるはずもない。また、研究成果が製品化され真の成果となるまでには少なくとも数年は必要となるので、結局のところ、その成果を生み出した真の貢献者が誰であったかが不鮮明になることもしばしばである。

 以上、研究を推し進め成果につなげるためには、ヒトの力がその源であるとの私の理解を示してきた。日本の社会システムは、特に大企業においては大きく欧米の成果主義に傾いているが、1年単位で実施している人の評価を見直し、もっと長期に人を育てていく、アベノミックスの言う「人材力強化・雇用制度改革」がいま求められていると感じている。日本はこのパラダイム・シフトを成し遂げねばならない。

4.結語
 研究者の個々人がする仕事は小さなものに過ぎなくても、それが1万個、10万個と集まると、方向性を持ち大河を形成することができる。研究者個人のレベルアップと、日本の研究者全体としてのレベルアップが、相乗効果的に図られていくことが、日本の科学技術の向上につながる。


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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
初コメです!(´ェ`*)ひろゆきさんのブログって面白いですよね。いつもは見てるだけなんですけど、ついコメント書き込んでしまいました(*´ー`)お恥ずかしながら実は由衣もブログやってるので良かったら見てください(´ェ`*)ちなみに…お友達になれたら嬉しいです(´ェ`*)色々お話したいのでもし良かったらお返事くださいです♪待ってますね(´ェ`*)
gaharn@docomo.ne.jp
2013/11/29 21:42
初コメさま。お読みいただきありがとうございます。書いている本人が理屈っぽいと思っているところですが、面白いと言っていただけて嬉しいです。メールアドレスを記しておきます。
Blog@alchemist.jp
畑 啓之
2013/11/29 22:08

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