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zoom RSS 曽野綾子の「老後の心得17ヶ条」 よき老後を過ごすために 

<<   作成日時 : 2013/12/10 05:44   >>

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 曽野綾子さん(昭和6年生)は日本を代表する作家のひとり。カトリックの精神を基盤とした作品を多く書いている。また、社会活動にも力を入れ、Wikipediaよりその一部を引用したが、笹川良一氏のあとの日本船舶振興協会の会長職、そして今は日本郵政の取締役など、年齢を感じさせない活躍ぶりである。

 曽野綾子さんの「老後の心得17ヶ条」が知人よりコピーで回覧されてきた。出所やこの文書の呼び方は定かではない。Webで出所を探したが、それらしいものはまだ見つけていない。仮に「老後の心得17ヶ条」とした。

 その内容には、前向きに生きる老後、若い人に迷惑をかけない老後、若い人に嫌われない老後、と多くの意味が込められているものと感じられる。高齢を迎え、多くの人生経験を経た作家が、実生活より得た知恵を17ヶ条にコンパクトに凝縮したものであるとありがたく頂戴した。

 最近、老親の介護に疲れて不幸な事件に至ったり、あるいは介護のために会社を辞めなければならなくなった会社員の話等を聞く。ある程度の年齢に達してくると、この介護の問題が避けて通れなくなってくる。まず、ここで老いとは何かを考えることになる。そしていずれは介護される番がやってくる。

 老親を介護している間に、しっかりと老いについて考えておかなければ良い老後が迎えられない気がする。その指針を示してくれたのが、この17ヶ条である。聖徳太子の17条憲法にたとえて、「よき老後を送るための17条憲法」としてもよいのではないか。

 17ヶ条の内の多くは、熟年や老人の世代だけでなく、若い人にも当てはまる。一条一条を確認して、機会あるたびに実践していけば、老後にこだわらず若い人にも人生を豊にしていくヒントが込められていると感じられる。

 参考までに聖徳太子の17条憲法も引用したが、同じ17条でも時代と対象とする人によりその内容は当然に大きく異なる。



曽野綾子(Wikipediaよりほんの一部を引用)

 曽野 綾子(その あやこ、1931年 (昭和6年) 9月17日 - )は、東京都出身の作家。「曾野」とも。本名、三浦知壽子。旧姓、町田。カトリック教徒で洗礼名はマリア・エリザベト。聖心女子大学文学部英文科卒業。2009年10月より日本郵政取締役。

 笹川良一の死後、日本船舶振興会の会長職を無給で引き受け、その愛称を「日本財団」と定めて旧運輸省官僚の干渉を拒否、福祉目的の活動に力を入れた(2005年6月30日付けで退職)。

 日本財団の会長時代に、ペルーでの小学校建設や不妊手術を伴う家族計画の保健所整備等の援助を通してアルベルト・フジモリ元大統領と交流を持つようになり、2000年の日本亡命時には宿を提供して話題になった。理由を聞かれた際「クリスチャンとして、困窮している隣人に手を貸すのは当たり前」と応じた。

 海外邦人宣教者活動援助後援会 (JOMAS) の代表として海外の聖職者たちのボランティア活動にも協力(『神さま、それをお望みですか―或る民間援助組織の25年』に詳しい)。

 クリスチャン(カソリック)の立場から人工妊娠中絶には反対の立場をとっている。「言い残された言葉」で赤ちゃんポストを「どうしても赤ちゃんを育てられない母親が、子供を安全に捨てるための制度であり、装置である」として支持している。




曽野綾子の「老後の心得17ヶ条」

 1.してもらうのは当然と思わないこと

 2.老人であることは肩書でも資格でもない

 3.身内なら何を言ってもよいと思ってはいけない

 4.自分の苦しみが一番大きいと思うのはやめる

 5.ぐちを言えばみじめになるだけ

 6.生活の寂しさは誰にも救えない

 7.楽しみを得たいと思ったら金を使う覚悟を

 8.一般に自分が正しいと思わないこと

 9.一人で遊ぶ癖をつけること

10.子供は老後保険ではない

11.若い世代は自分より忙しいのだと肝に命じる

12.同じ世代と付き合う

13.年寄りは何事にも感謝の表現を

14.やさしくされたら衰えを自覚する

15.老人であることを失敗の言い訳にしないこと

16.一生涯身だしなみに気をつけること

17.よく歩けるように脚を鍛えておくこと


 参考までに、聖徳太子の17条憲法を記しておく。

 夏四月丙寅朔の戊辰の日に、皇太子、親ら肇めて憲法十七條(いつくしきのりとをあまりななをち)を作る。

 一に曰く、和(やわらぎ)を以て貴しと為し、忤(さか)ふること無きを宗とせよ。人皆党(たむら)有り、また達(さと)れる者は少なし。或いは君父(くんぷ)に順(したがわ)ず、乍(また)隣里(りんり)に違う。然れども、上(かみ)和(やわら)ぎ下(しも)睦(むつ)びて、事を論(あげつら)うに諧(かな)うときは、すなわち事理おのずから通ず。何事か成らざらん。
 二に曰く、篤く三宝を敬へ。三宝とは仏(ほとけ)・法(のり)・僧(ほうし)なり。則ち四生の終帰、万国の禁宗なり。はなはだ悪しきもの少なし。よく教えうるをもって従う。それ三宝に帰りまつらずば、何をもってか柱かる直さん。
 三に曰く、詔を承りては必ず謹(つつし)め、君をば天(あめ)とす、臣をば地(つち)とす。天覆い、地載せて、四の時順り行き、万気通ずるを得るなり。地天を覆わんと欲せば、則ち壊るることを致さんのみ。こころもって君言えば臣承(うけたま)わり、上行けば下…(略)
 四に曰く、群臣百寮(まえつきみたちつかさつかさ)、礼を以て本とせよ。其れ民を治むるが本、必ず礼にあり。上礼なきときは、下斉(ととのは)ず。下礼無きときは、必ず罪有り。ここをもって群臣礼あれば位次乱れず、百姓礼あれば、国家自(おのず)から治まる。
 五に曰く、饗を絶ち欲することを棄て、明に訴訟を弁(さだ)めよ。(略)
 六に曰く、悪しきを懲らし善(ほまれ)を勧むるは、古の良き典(のり)なり。(略)
 七に曰く、人各(おのおの)任(よさ)有り。(略)
 八に曰く、群卿百寮、早朝晏(おそく)退でよ。(略)
 九に曰く、信は是義の本なり。(略)
 十に曰く、忿(こころのいかり)を絶ちて、瞋(おもてのいかり)を棄(す)て、人の違うことを怒らざれ。人皆心あり。心おのおのの執れることあり。かれ是とすれば、われ非とす。われ是とすれば、かれ非とす。われ必ずしも聖にあらず。(略)
 十一に曰く、功と過(あやまち)を明らかに察(み)て、賞罰を必ず当てよ。(略)
 十二に曰く、国司(くにのみこともち)・国造(くにのみやつこ)、百姓(おおみたから)に収斂することなかれ。国に二君非(な)く、民に両主無し、率土(くにのうち)の兆民(おおみたから)、王(きみ)を以て主と為す。(略)
 十三に曰く、諸の官に任せる者は、同じく職掌を知れ。(略)
 十四に曰く、群臣百寮、嫉み妬むこと有ること無かれ。(略)
 十五に曰く、私を背きて公に向くは、是臣が道なり。(略)
 十六に曰く、民を使うに時を以てするは、古の良き典なり。(略)
 十七に曰く、夫れ事独り断むべからず。必ず衆(もろもろ)とともに宜しく論(あげつら)ふべし。(略)

 Wikipediaの書き下し文ではまだ難解であるので、もう少し優しくなるようにこちらから引用すると

 一、調和する事を貴い目標とし、道理に逆らわない事を主義としなさい。

 二、心から三宝を敬いなさい。三宝とは仏法僧のことです。

 三、天子の命令を受けたら必ず恭しくしなさい。

 四、公家百官は、真心を持って行うを基本としなさい。

 五、飲食を貪る事を絶ち、他の欲望を捨てて、訴訟をはっきりと区別しなさい。

 六、悪行を懲らしめて善行を勧めるは、昔からの良い手本です。

 七、公家は各々職掌に任命されている。道徳に背かない様にしなさい。

 八、公家百官は、朝早く出仕して遅く退出しなさい。

 九、言葉と心が一致して正しく行うことが基本です。仕事毎に誠実に行いなさい。

 十、いきどおりを絶ちいかりを捨て、人が従わないことを怒らない。

十一、手柄と過ちをはっきり見ぬいて、罰と賞をきちんと当て嵌めなさい。

十二、国司国造は、百姓を自分のために取り立ててはならない。

十三、諸々の仕事に任命された役人は、共に職務として担当する役目をわきまえなさい。

十四、公家百官は嫉妬する事無用です。我れが人を嫉めば人も我れを嫉む。

十五、私心を捨て公務に従うは、臣下としての道徳です。

十六、民衆を使役するに季節を選ぶは昔からの良い手本です。

十七、事件を一人で決定してはいけない。必ず多数の者で良く議論しなさい。


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