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zoom RSS ガラパゴスであり続けることは魅力あることか?

<<   作成日時 : 2013/12/28 06:43   >>

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 日本の技術はよく「ガラパゴス」であると言われる。このような名前が付いた携帯端末もある。

 私は、ガラパゴスが悪いことだとは思わない。進化論には、木村資生が唱えた中立進化説というものもある。それは、変異自体は生物にとって有利でも不利でもなく中立的なものが多いが、それが遺伝的浮動によって偶然広まることで進化が起こるとするものである。新製品も消費者の利便を考えて作られているが、すべての製品が消費者にとってよいものとは限らない。言い方を変えると、製品自体は変化していっているのだが、その変化が受け入れられるかどうかは消費者次第である。この場合、製品の変化が遺伝子の変異、消費者が自然環境にあたると考えると、自然環境に合う製品が偶然に受け入れられ、そこを起点にさらに進化が進んでいく、という選別が行われることになる。

 木村資生は日本の風土を見てこの進化論を発想したのかもしれない。同じ環境の田舎のように見えても、それぞれの田舎は山や谷、川や海で分断され、狭い地域で生物の独自の進化が進む場合が多い。これは、ガラパゴス諸島でダーウィンが見出したフィンチ(鳥)や陸ガメの、島々での独自の進化にも似ている。

 島国で育ったこのガラパゴスは、周囲の海を超えて海外に流出できないでいるのか? 流出できないとそれはガラパゴスのままである。日本のガラパゴスが周囲の海を越えたとき、これは木村資生が唱える遺伝的浮動に相当するが、その時には世界からガラパゴスとは呼ばせない、世界に認知された日本発の文化なり製品が生まれることになる。これがいま世界的に注目されているクール・ジャパンであろう。

 木村資生の理論では遺伝形質は偶然に広まるとなっているが、ここは日本国が音頭をとりその遺伝子の拡散に努めなければならない。元総理大臣が目指した漫画・アニメ文化の国際化も、少し時期はずれたが立派な日本文化として認められつつある。中国では、著作権を無断借用するほどの惚れ込み様である。私たち自身が、日本のガラパゴスと自分たちで定義している、あるいは思い込んでしまっているものの中に、アニメの場合と同様、国外から眺めると立派に国際化できる、遺伝的浮動が速い速度で起こるものが多くあるのではないだろうか。その気で身の回りを眺めてみれば、たとえ西欧発の品物であっても、日本人の遺伝子に一回でも触れたものは、中立的に変身を遂げ、本家の西欧諸国からクール・ジャパンと賞賛されるものがきっと多くあると思う。身の回りを意識して見回してみよう。きっと見つかる。クール・ジャパンが。

 少し蛇足にはなるが、現代社会にとってガラパゴスは個人にとっても意味のあることだと思う。何か特別のものを持っていることが評価される時代である。一般常識やコミュニケーション力、そして好まれる人柄の上にガラパゴスとしてのその人が得意とする能力やそのひとが好きな事柄(趣味など)が加われば、社会の中で自分を主張しながら生きていくことができる。人は社会の中で生きる動物であり、自分が自分であるためには、やはりガラパゴス的な部分というのは必要であると思う。言葉を変えれば、人がどう評価しようと、自分自身ではこれが自分であると胸を張って言える何かが。


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