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zoom RSS 写真術は発展しながら170年の長き時を切り取ってきた

<<   作成日時 : 2014/02/17 01:24   >>

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明治維新というと、明治元年が1868年ですから、もうかれこれ約150年前の話となります。この頃にはすでに写真が存在していました。明治維新(Wikipedia)には次の写真「戊辰戦争中の薩摩藩の藩士(着色写真)。フェリーチェ・ベアト撮影」が掲載されていますが、これは白黒写真に着色をして作成したものです。元が本物の写真であるだけに、すばらしくリアリティのある絵に仕上がっています。

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また、次のような白黒写真(フルベッキ撮影)もあります。これだけの大物が一堂に会することは考えにくいので、この写真自体が本物か偽物かで話題になりました。しかし人物を寄せ集めた合成写真であったにしても、個々の人物写真はしっかりしたものであったと推測され、当時すでに写真技術は相当に高度なものであったと考えて良いと思います。

フルベッキ写真 維新の志士達の写真は本物か? 夢とロマンの世界がそこに広がる

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古い写真のサイトを集めたデータ集としては次のサイトがあります。ここからたどれば多くの古写真に出会うことができます。

古写真データベース(ポータル)


さて、写真はいつ発明されたものでしょうか。一説には170年前となっています。非常に駆け足ですが、写真の歴史を辿ると次のようになります。

1839年 ルイ・ダゲールによるダゲレオタイプの発明
 銀の薄い板で覆われた銅板のうえに撮された写真。ヨウ素蒸気で感光性を与えた銅板に映像を投射し、それを水銀蒸気で現像すると細部まで綺麗な画像が現れる。

1842年 ハーシェル(天文学者)が青写真を発明
 「写真」(Photography)、ネガ、ポジという名称を提案し、定着にチオ硫酸ナトリウムを用いることを提案した。そして、1842年に青写真(cyanotype)、金コロイドを用いたクリソタイプ(Chrysotype)を発明した。

1851年 コロジオン法の発明
 写真湿板(またはコロジオン湿版写真法)とは、コロジオンを用いた写真方式である。ガラス板の上にコロジオン(感光剤の定着材として)と硝酸銀溶液(感光剤として)を塗布し、それが乾かないうちに撮影を行う。この写真法が開発されるまでは既存の写真法で10秒から1分くらいの露光が必要であったが、この写真法では5秒から15秒の露光で撮影が可能となった。

1868年 明治元年

1868年 オーロンがカラー写真の原型、3色加色法による特許を取る
 フランスのルイ・デュコ・デュ・オーロンはカーボンプリントに減法混合を用いることにより初めてカラー写真を紙に定着させることに成功した。この原理は現在も印刷技術に用いられている。
 初期の高耐光性のカラー写真は1861年に物理学者のジェームズ・クラーク・マクスウェル(大物理学者)によって撮影された。彼は3原色のフィルターを一枚ずつかけて3回タータンのリボンの写真を撮影し、3原色中1色のフィルターを掛けた3つのスライドプロジェクタで画像を投影してスクリーン上で合成することにより、撮影時の色を再現することに成功した。しかし、赤色の再現に問題があったうえ(画像では紫を帯びている)、この試みは1890年代になるまで忘れられてしまっていた。


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