アルケミストは考えた

アクセスカウンタ

zoom RSS 発明する能力は神から与えられたものか?

<<   作成日時 : 2014/02/02 06:37   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

 発明王のエジソンは、発明は1%のインスピレーションと99%のパースピレーションであると言った。インスピレーションとは「ひらめき」であり、パースピレーションとは「汗をかく」ことである。発明に至るには、1%のインスピレーションを信じて残り99%の努力が必要ということである。この努力にかかる比重を見て、発明には「汗をかくこと」が大切なのだ、という誤解がしばしば生まれる。多くの研究所においても、「ウン・ドン・コン」で頑張れと研究者を叱咤激励していることが多い。

 お気づきのこととは思うが、最初の1%の「ひらめき」がなければ、いくら努力を重ねても発明(もっと広く捉えて創造)は生まれないのである。では、この発端となる「ひらめき」能力はどのようにすれば獲得できるか? これは非常に難しい問題である。なぜならば、発明は個々人の頭の中で行われている活動の帰結物であり、その発明に至る過程は、発明を生み出した当の本人にもわからない場合がある。「急に良いアイデアが浮かんだ」という訳である。

 この発明に至るプロセスを解き明かし、それを多くの人が利用できる形にすれば、日本は将来的に多くの有用な知的財産を生み出せる国に変身する。そうすると国家百年の計が自ずと形作られてくることになる。

 インスピレーションはどこから来るか? インスピレーションを多く発する頭脳はどのようにすれば作り上げることができるのか? これは私のライフワーク的な研究課題の一つになると考えている。

 日本には多くの研究者がいるが、その中の多くの人たちは発明を現在の知識や今までの経験の延長線上にあるものとして捉えている。そこに、新しい見方からの発明や発見が行われると、最初は理解不能に陥り、その発明の強力な反対者として立ちはだかることになる場合が多い。結局はアメリカでその発明が評価され、日本に逆輸入されるなどといった非常に奇妙なことが起こることになる。

 「アブダクション(創造の源となる第3の推論方法)は、わがままな子供のような性格の人が得意とする傾向があるとのこと。子供の時にはなんの制約もなく物事を考えるので、大人から見ると子供の突飛な発想に驚かされることが多い。子供に絵を描かせてもそうだ。子供は天才で、小さなピカソですらある。従って「わがまま」は何の制約もなく自由に発想できると捉えるべきで、最近の子供のように行動がわがままということではない。日本の学校教育を経た後も、子供のように自由に発想できる、そのような人が求められているのだが・・・


          ブログ一覧に戻る        ホームページ「アルケミストの小部屋」に戻る



テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
発明する能力は神から与えられたものか? アルケミストは考えた/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる