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zoom RSS 千里の馬は常にあれども、伯楽は常にはあらず

<<   作成日時 : 2014/02/04 00:25   >>

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 中国の故事です。伯楽は孫陽のことで、秦の穆公(ぼくこう、在位BC659〜621)に使えた馬の鑑定家です。

 ・千里の馬は常にあれども
   世の中に素晴らしい馬はいるのだけれども

 ・伯楽は常にはあらず
   その馬の素晴らしさが分からずに世に出してあげられる人は少ない

 見出してくれる人がいなかったら、すでに備わっている才能を発揮せずに一生を終わることになります。まさに、いま人材管理に求められている事柄そのものです。

 これと似たものとして良くご存知の

・玉磨かざれば光なし

があります。これは磨けば素晴らしい逸材になる材料も、磨かなかったらただの石ころ、と言うことで、現在は石ころです。しかし、その伸びて行く才能を見出し鍛えてあげる人がいたならば、あるいは自分自身で奮起して才能を伸ばして行ったなら、きっと素晴らしい逸材となります。

 すでに他のどの馬よりの優れた走りをする才能を持っている馬と、現段階ではどこに隠れているか分からぬ才能を見出し育てるのでは、後者のほうがずっと難しいことだと思います。

 小学校や中学校などで、その子供の良いところを見出し伸ばしてあげる。先生の役割がいかに難しい仕事か、しかし、いかにやり甲斐がある仕事か!

 伯楽も玉磨きも、共に現在切実に求められている事柄です。



 でも、ここまで書いて、はたと気がつきます。白楽が本当に一番の才能者ではなかろうかと。才能があるからこそ才能を見いだせるのではないかと。こう言われると世の教師や親は困ってしまいます。教育とは難しいものです。教師や両親は才能者ばかりとは限りません。でも、生徒にはその教師や両親を超えて行ってもらわねば困ります。単に勉強しなさいと言っているだけでもダメですし、塾に入れているから少しは勉強ができるようになるだろうもダメです。教育者に求められる真の才能とは何かを、この白楽の故事からもう一度考える必要があります。


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