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zoom RSS 今更ながら、一家の家計と国家の家計

<<   作成日時 : 2014/02/09 09:49   >>

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ある家族の家計と、日本国の家計の違いはどこにあるかを考えてみた。何を今更、という話である。

ある家族は3人で構成される。父、母、そして息子である。父は定年後に患い現在寝たきりである。この家庭は医療費も掛かり、父の年金ではやっていけないので、母はパートで働いている。そして、息子は東京で就職していたが、その会社の倒産に伴って実家に舞い戻り、現在は父の看病にあたっている。父は寝たきりであるので、この看病には相当の労力がかかり、時間的にきついため、新たな就職口を探す活動には至っていない。

結局この家庭の収入は、父の年金(+0.5)と、そして母のパート(+0.5)からもたらされるわずかばかりの現金(合計で+1.0)ということになる。これに対して支出は、3人の生活費、父の医療費となり、常識的に考えると、この家庭の家計は火の車ということになる。

この家庭を見て一番の問題点は、生産に寄与しない父の面倒を、生産に寄与できる息子が看ていることである。すなわち生産(0)+生産能力(+1以上)=生産(0)の構図となっている。年金を生産と見るかどうかは意見が分かれるところであるが、0としている。もし、息子に能力があり、再就職で生産(+2)の職を得たならば、その中の+1で手伝いを雇い、父の面倒を看てもらうことができる。そうすると、家計は+2−1=+1となり、0から+1へと伸びることになる。ここに父の年金(+0.5)と母のパート(+0.5)を加えると+2.0となり、生活に余裕が生まれる。

今の日本を見ていると、多くの老人の介護に多くの若者が労力を割かれ、見かけ上は富を生み出さない構図である。私も定年を過ぎたので、いずれは誰かに面倒を看てもらう可能性が大きいが、しかしそのために若い能力を殺すことには疑問を感じる。老人介護は工場生産とは違い、流れ作業方式や省力化は難しい面があるが、全員が納得できる方法(方式)の模索は続けられるべきである。老人に向けられている多額の医療費も問題である。大きな病院のロビーには老人が溢れている。

国家に目を転ずると、日本の国も若者が+2の収入を得られる仕事を作り出すことが必要である。家庭が収入を家庭外から得るのと同様に、日本の国もこの+2の収入を海外から得る必要がある。そのためには、若者が+2を得る能力を獲得できるように教育すること、+2を得る仕事を作りそれを運用していく能力(システム)を日本国として醸成していくことが求められる。

私たちは、今一度周囲の状況を見回してみる必要がある。常識と思っていることは本当に正しいのだろうか? 他の家庭と自身の家庭を比べて、安心してはいないだろうか。どこの家庭と比較しているのだろうか? 相対比較することにより安心していないだろうか? 誰それがそう言っているから安心などと思っていないだろうか? 

最後に頼りになるのは自分自身しかいない。その自分自身を見失っていないだろうか? 冷静に自分自身を振り返り、そして今を、未来を考えてみる。日本の国はどこに向かうのか、そして日本に生活する私の家族はどこに向かうのか? 家庭も国家も外からの収入がなければ立ち行かないのである。


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