日本経済新聞(3月17日)に、「女子大、費用高ければ偏差値低い傾向、学費に見合う価値を」と記された記事が掲載された。その内容は、 (図1) 首都圏の女子大では学費の安い大学ほど偏差値が高い傾向にある。 逆に、学費が高い大学は偏差値が低い。 偏差値の低い大学は、より多くの努力が必要なのに、高偏差値大学の教職員ほどに教育に熱心でない (図2) 良い大学(理想の大学、実線)と悪い大学(教育が得られない大学、点線) この状況はうすうすはわかっていたが、こうもはっきりとデータを示して書かれてしまうと、なんといっていいかわからない。今は大学全入時代である。中学・高校で勉強に遅れが生じていても、大学さえ選ばなければどこかの大学には入れる。ただし、楽をして入った大学が日本経済新聞が記しているような状況にある場合(あると言っているのだが)、中学・高校での遅れを取り戻し、さらに大学での学問を積み上げることは難しくなる。 まず、大学に入る目的が何かをはっきりさせる必要がある。卒業証書が欲しいと言うならば、大学に入りさえすれば問題解決である。普通に授業に出ていれば、多くの大学では出席点で単位が確保でき、留年することなく卒業となる。これで目的は達成である。 だが、何かを学びたいとの切実な思いで大学に進学する場合には慎重に大学を選ばなければならない。大学で自己目標が実現できる可能性があるかを確認する必要がある。新聞に書かれているような教育に不熱心な先生ばかりではないと思うが、一生を左右する問題であるから慎重には慎重を期すことが大事である。 卒業証書が欲しいのか? 実力を養いたいのか? もちろん両方ともということもあるが、まずこの選択を確実にすることである。卒業証書であれば授業料のみの問題となる。実力ということであれば、大学の4年間を戦略的に過ごす必要がある。日本経済新聞が言う「大学は学費に見合う価値を与えるべき」は学生にとってはあまりにも受身である。学びたければ、学生自らが掴み取っていかなければならない。 ここまで書いてみて感じることは、大学で何かを掴み取りたいという人は、やはり教育熱心な先生方がいる大学に進むべきであるということである。そのためには、少し論理矛盾を生じる書き方になるが、中学・高校の時より自分のやりたいことを思い描き、そのための勉強に力を入れておくことが必要である。その努力の結果、学びたいことが学べる大学に入学でき、さらにその大学の授業料が安ければ、本人にとっても両親にとってもこれほど幸せなことはない。大学に奨学金制度があっても、将来それを返金していくのは自分自身であるから、この額は少ないに越したことはない。 (参考)比較資料 日本の大学生ひとりの授業料で、途上国の子供たち何人に教育を施すことが出来るでしょう。かりに、日本の大学生の授業料を120万円(12000ドル)、途上国の子供の授業料が年60ドル(5ドル/月×12ヶ月)とすると、実に200人もの子供に教育を施すことができるとの計算になります。 勉強したくてもできなかった途上国の子供たちにも教育を受ける機会(チャンス)が広がりそうです。 日本経済新聞 3月15日 英ピアソン、途上国で格安学校 チェーン化し月数ドル 貧困で子供に教育を受けさせられない家庭が多い途上国で、英教育大手ピアソンが学費を月数ドルに抑えた格安学校の運営事業を拡大する。新たにフィリピンで中学校を2015年までに30〜50校開設する。効率経営のノウハウにたけた民間企業の学校運営は、アジアやアフリカで貧困からの脱却のカギとなる教育の充実に寄与しそうだ。 ピアソンは教材開発を手がけるほか、英フィナンシャル・タイムズ(FT)を傘下に持つ大手企業… ブログ一覧に戻る ホームページ「アルケミストの小部屋」に戻る |
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同世代の半数が(お金がなんとかなれば)大学進学する状況となっていますよね。もう、雰囲気だけで進学する層が基本的な学生だという認識で、教育内容を考えないと、大学は500万円で証書を販売するところに成り下がるだけでしょうか。 |
デスモ 2014/03/19 07:59 |
お金も然ることながら、青春時代の4年間という時間は、人生を実り多いものとするために、有意義に使うべき時間です。60歳代の私の4年間とは同じ4年間であっても重みが違います。 |
畑啓之 2014/03/19 22:28 |
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