忠臣蔵で有名な播州赤穂、そこにある赤穂御崎はthe御崎

忠臣蔵で有名な兵庫県・播州赤穂は兵庫県の西の端、瀬戸内海に面する町である。塩業が盛んであり、その塩が原因で赤穂浪士の討ち入りに至ったことは有名である。この塩田は今はなく、その跡地は公園や住宅地、工業地帯へとその姿を変えている。

塩田を取り仕切っていたのが赤海御崎にある田淵家で、その庭園は国の名勝に指定され、美術品は赤穂市に寄贈され、田淵家の横に設けられた田淵記念館で公開されている。

さて、その赤穂御崎であるが、Wikipediaでは「御崎」として記事が掲載されている。日本には多くの御崎があるが、まさに御崎の中の御崎という扱いである。なぜそうなったのかは不明ではあるが、人々に愛される歴史ある御崎ということは間違いがない。

播州赤穂の塩は同じ赤穂市内にある坂越(さこし)から船で積み出されていた。この町も歴史が古く、秦河勝(はたのかわかつ、6世紀~7世紀)の墓所があることでも知られている。ここには奥藤酒蔵(おくどう)という古い造り酒屋がある。播州赤穂の旧家、田渕家と奥藤家は今なお健在である。


赤穂御崎は観光地としても有名であり、今は桜が咲き誇っている。なかなかのものである。

赤穂藩主 浅野内匠頭の辞世の句
「風さそふ 花よりもなほ 我はまた 春の名残を いかにとかせん」


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