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zoom RSS 畳、建具、襖、障子・・・・日本建築を支えた要素技術は市民権を失いつつある

<<   作成日時 : 2014/05/18 00:00   >>

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1000年以上の長きに亘りその歴史を刻み、関連する技術に磨きをかけてきた日本建築は、経済的合理性という名の前にもろくも崩れ去ろうとしているかのようだ。だが、この経済的合理性の判断基準には非常に曖昧なところがある。コスト計算で考慮するのは大きく分けると2つ。初期投資と変動費である。これを建築に当てはめると、初期投資は土地を買い家を建てるための費用、そして変動費はランニングコスト・家の修繕費用ということになる。日本建築の家屋は維持管理がしっかりしていれば100年、200年と保つ。今の新しく建っている家の寿命(30年と言われることが多い)と比べるとその優位性は明白である。ただし、初期投資は高くつく。どういう家を建てるかは、結局は、懐具合と何代先までこの家に住むのかの読みにかかっていることになる。今の建築はその経済根拠として1代限りの居住を前提としているように見える。

最近は家を建てるにしても、まず土地の確保が大変である。都会ではとても手が出ない土地単価であるし、田舎に行けばそれなりの納得いく価格とはなるが、交通の便を含めて総合的に考えると選択肢にも入らない場合が多い。

そこで、経済性と生活の利便性を考慮し、ともかく主要駅に近い面積30〜60坪の土地を探し、そこに家を建てることになる。坪単価を仮に30万円とすると、土地だけで900〜1800万円となる。ここに、たとえば1500万円の家を建てると合計で2400〜3300万円。さらに、税金その他の諸経費が乗ってくれば、サラリーマンにとってはこのあたりが限界である。マンションを購入する場合はもう少し居住空間が狭くなるが、似たようなことになる。

さらに今、日本人の生活様式の変化は建築の有り様を変え、そこに用いる家具の形も変えて行っている。日本古来の家を日本建築と呼ぶとすると、私は還暦を過ぎているためかもしれないが、そこに美しさを感じ、そしてそのような家に住めたらとのあこがれも感じる。これは一種の夢である。サラリーマンにとっては手が届きにくい夢である。

一戸建ての場合、建築坪単価を抑え、見栄えもそれなりのものとするには、やはりプレハブ工法などの現代的な建築に頼るしかない。木材も一本通しのなどと大それたことを考えずに、集成材を使用する。従って、木材の地を表面に晒すのではなく、その上に壁紙を貼るなどのお化粧が必要となる。一軒家といえども、マンションの3LDKとほぼ同じ構造とすることで、その建築費用を安くすることが可能となる。

結論的に言えば、今の日本では、1軒の家の寿命を30〜60年間とし、この間にかかる全費用(初期投資+修繕費用)を如何に安く押さえ込むかということが経済合理性の根拠となる。この前提に依る限り、日本家屋の建築とは縁遠いものとなる。建物に200年の寿命があるとしても、家を建てた人にとっては、その人の死後の百数十年分は無駄な投資になると考えられるからである。かつては、長男がその家を受け継いでいくことが常識とされていたが、今はそうではない。


以上、非常に乱暴な話をしたが、建築単価の高い日本様式の建物、あるいは部屋を作るのには、そこに経済に裏打ちされた強い決意が必要となる。便利に生活できれば良いということであれば、日本建築にこだわることはない。なにせ伝統的な日本家屋は、冬寒く夏暑いというのが一般的であり、決して住みやすいとは限らない。

ということで、経済合理性のもとでは、古来の日本建築が廃れ(すたれ)ていくのは必然である。日本建築を支えてきた、畳はもとより建具、襖(ふすま)、障子、その他、付随するもろもろの産業が地盤沈下していく。畳産業を盛り上げようとすると、畳産業だけに目を向けていても始まらない。「日本家屋」「書院」などという、千数百年の歴史ある日本文化に目を向け、その有用性、優位性、文化的意味を見出し、それを前面にアピールして初めて畳その他の必要性や有用性が見直されることになる。

経済合理性と言ったが、おそらく江戸時代から大正時代にかけては、今言っている日本家屋を建てることが経済合理性に叶っていたのである。日本の風土にあった経済的に見合う合理性のある建築方法が、日本建築以外にはなかったのではないかと想像される。また、座敷や書院であるが、これは来客をもてなすスペースであり、日本人にとっては社会的ツールとしての必須アイテムの位置づけであったのではないだろうか。

現在においては、座敷などは必要はない。来客をキッチンに招いてワイワイ・ガヤガヤというのが親密な付き合いの証となる。日本文化の変化に連れて、その文化を演出する道具立てである建物も変化してきているということである。

「畳」は日本の文化である。だが、日本人自身がその文化を見失っている? これは本当か? 「大切なものを失った時、初めてその大切さが認識できる」というが、畳文化が縮小していても特に大きな問題が起こっていないことを見ると、「畳」は多くの日本人にとっては、すでに過去のものになりつつあるのかもしれない。畳以外の日本家屋グッズについても事情は同じである。


なお、畳(Wikipedia)の英語版には次のようにある。英語でもTatamiであり、紛れもなく日本の文化である。

Tatami

This article is about the Japanese flooring. For the Japanese armour, see Tatami-dō.

Room with tatami flooring and shōji
A tatami (畳) is a type of mat used as a flooring material in traditional Japanese-style rooms. Traditionally made of rice straw to form the core (though nowadays sometimes the core is composed of compressed wood chip boards or polystyrene foam), with a covering of woven soft rush (igusa) straw, tatami are made in standard sizes, with the length exactly twice the width, an aspect ratio of 2:1. Usually, on the long sides, they have edging (heri) of brocade or plain cloth, although some tatami have no edging.

Men making tatami mats, late 19th century.
The term tatami is derived from the verb tatamu, meaning to fold or pile. This indicates that the early tatami were thin and could be folded up when not used or piled in layers. Tatami were originally a luxury item for the nobility. During the Heian period, when the shinden-zukuri architectural style of aristocratic residences was consummated, the flooring of shinden-zukuri palatial rooms were mainly wooden, and tatami were only used as seating for the highest aristocrats. In the Kamakura period, there arose the shoin-zukuri architectural style of residence for the samurai and priests who had gained power. This architectural style reached its peak of development in the Muromachi period, when tatami gradually came to be spread over whole rooms, beginning with small rooms. Rooms completely spread with tatami came to be known as zashiki (lit., room spread out for sitting), and rules concerning seating and etiquette determined the arrangement of the tatami in the rooms. It is said that prior to the mid-16th century, the ruling nobility and samurai slept on tatami or woven mats called goza, while commoners used straw mats or loose straw for bedding.

The lower classes had mat-covered earth floors.

Houses built in Japan today often have very few tatami-floored rooms, if any. Having just one is not uncommon. The rooms having tatami flooring and other such traditional architectural features are referred to as nihonma or washitsu, "Japanese-style rooms".



床の間のお話より引用
画像






産経ニュース 5月17日 からの抜粋

イグサを「臭い」と言う女子中学生、日本の「畳文化」は消滅してしまうのか…業界危機感、畳「復権」へ「畳ビズ」「東京五輪作戦」

 千数百年の歴史を持つ日本の「畳文化」が危機に直面している。イグサで作る畳の表面部分「畳表(たたみおもて)」の国内需要量はここ20年で3分の1に減り、住宅から急速に「和室」が姿を消している。背景には若い世代の畳離れやフローリング主体のマンションが増えるなど住環境の変化がある。そこで、業界では「畳ビズ」(環境対策などを目的に畳の普及を図るキャンペーン)商品を開発して畳のリラックス効果などをPR。伝統文化を見直す行事として「畳供養」も始めた。2020年東京五輪で外国人らを畳で「おもてなし」する構想も浮上、「畳」の復権へ一丸となって力を入れている。(岩口利一)

畳表の生産激減

マンションで畳を運んでいたとき、その場にいた女子中学生がイグサの香りに「臭い」と言ったのだ。時代の変化を感じたという。
「畳供養」で“伝統文化”アピール

 「畳」の記述は古事記にさかのぼり、当時は敷物を重ねたものと推測されるという。現在の畳に似た構造になったのは平安時代といい、鎌倉から室町時代にかけ部屋に敷き詰めるようになった。茶道や数寄屋造の普及に伴って広がり、江戸時代に庶民の家にも敷かれるようになったらしい。

畳でおもてなし

 畳の部屋は減少しつつある一方、フローリングに簡単に置ける畳や、棺に敷く畳などは人気という。日本人はやはりイグサの香りに懐かしさを感じ、畳を忘れることができないのではないか。業界関係者らはそう信じて模索を続けている。



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