「アインシュタインの予言」を実現するために自信を取り戻そう!?

アルベルト・アインシュタイン(独: Albert Einstein、1879年3月14日 - 1955年4月18日)が亡くなって来年で60年を迎える。そのアインシュタインが残したとされる予言が次に挙げるものだ。


アインシュタインの予言(Wikipedia)より

近代日本の発達ほど、世界を驚かしたものはない。
この驚異的な発展には、他の国と異なる何ものかがなくてはならない。
果たせるかなこの国の、三千年の歴史がそれであった。
この長い歴史を通して、一系の天皇をいただいているということが、今日の日本をあらせしめたのである。
私はこのような尊い国が、世界に一カ所位なくてはならないと考えていた。
なぜならば世界の未来は進むだけ進み、その間幾度か戦いは繰り返されて、最後には戦いに疲れる時がくる。
その時人類はまことの平和を求めて、世界的な盟主を挙げねばならない。
この世界の盟主なるものは、武力や金力ではなく、凡ゆる国の歴史を抜き越えた、最も古くまた尊い家柄ではなくてはならぬ。
世界の文化はアジアに始まって、アジアに帰る。
それはアジアの高峰、日本に立ち戻らねばならない。
吾々は神に感謝する、吾々に日本という尊い国を、作って置いてくれたことを。


3000年の歴史を持つ日本の国の素晴らしさ・気高さが得々と語られている。ただし、同じWikipediaの中で、この「予言」の原型は、宗教家の田中智學が1928年(昭和3年)に著した本『日本とは如何なる國ぞ』の一節で、大日本帝国憲法制定に大きな影響を与えたドイツ人法学者ローレンツ・フォン・シュタインの発言としている。従ってこの「予言」はアインシュタインのものではないとされている。


それはさて置き、雑誌「技術士(2014年6月号)」の巻頭言に経済産業省大臣官房審議官の谷明人氏が文章を寄せておられる。曰く、「高度経済成長時代を支えた、競争力ある価格で高品質工業製品を国内で生産、世界に輸出し市場を席巻したMade in Japanの時代、日系企業の海外生産の進展により、現地生産に切れ変えていくMade by Japanの時代、そして今や、世界のあらゆるパートナーとタッグを組まないと売れる製品やサービスが作れないMade with Japanの時代に変遷しております。」と。

この変遷の時計を逆転させることは不可能です。世界全体が一方向に流れる大きな潮流の中にいるからです。とはいえ、世界からクール・ジャパンと尊敬されるよう、文化的にも経済的にも自尊心が持てる国で有り続けなければなりません。アベノミックスが一時的なカンフル剤に終わることなく、この自尊心を取り戻し、涵養できる素地となることを強く願っています。


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産経ニュース 2014年3月3日

アインシュタイン「日本における私の印象」など直筆公開 慶応大

 20世紀を代表する理論物理学者アインシュタインが1922年の日本訪問を題材に記した随筆「日本における私の印象」の直筆草稿や、日本の友人に宛てた手紙など約20点が3日、寄贈を受けた慶応大で報道陣に初公開された。

 宿泊したホテルの用箋などにドイツ語で書いた草稿8枚のほか、日本に向かう船に乗り合わせ、交流を続けた医師の三宅速氏に送った手紙、アインシュタイン夫妻が三宅氏にメッセージをしたためた色紙など。

 翻訳を担当した同大の斎藤太郎教授(ドイツ文学)は「きちょうめんで読みやすい字。知らないことに対して畏敬の念を持って接する謙虚な人柄もうかがえる」と話す。草稿の裏には数式も書いてあり、同大は「相対論の計算の一部」とみている。

 アインシュタインは22年11月に来日。6週間の滞在中、各地で講演し、熱狂的な歓迎を受けた。最初の講演が慶応大で、随筆は雑誌「改造」の23年1月号に掲載された。



 ■国民性、自然、芸術

 来日2週間目にアインシュタインは、雑誌『改造』のために、「日本における私の印象」というエッ
セイを書かされている。ここでは杉元賢治氏の訳からその一部を紹介しよう。

「もっとも気のついたことは、日本人は欧米人に対してとくに遠慮深いということです。我がドイツで
は、教育というものはすべて、個人間の生存競争が至極とうぜんのことと思う方向にみごとに向けられ
ています。とくに都会では、すさまじい個人主義、向こう見ずな競争、獲得しうる多くのぜいたくや喜
びをつかみとるための熾烈な闘いがあるのです。・・・
 しかし日本では、それがまったく違っています。日本では、個人主義は欧米ほど確固たるものではあ
りません。法的にも、個人主義をもともとそれほど保護する立場をとっておりません。しかし家族の絆
はドイツよりもたいへん固い。・・・」(杉元141頁)

「日本には、われわれの国よりも、人と人とがもっと容易に親しくなれる一つの理由があります。それ
は、みずからの感情や憎悪をあらわにしないで、どんな状況下でも落ち着いて、ことをそのままに保と
うとするといった日本特有の伝統があるのです。・・・
 個人の表情を抑えてしまうこのやり方が、心の内にある個人みずからを抑えてしまうことになるので
しょうか? 私にはそう思えません。この伝統が発達してきたのは、この国の人に特有な感情のやさし
さや、ヨーロッパ人よりもずっと優れていると思われる同情心の強さゆえでありましょう。」(杉元1
42頁)

「この点〔日本の芸術〕、私はとうてい、驚きと感嘆を隠せません。日本では、自然と人間は一体化し
ているように見えます。・・・この国に由来するすべてのものは、愛らしく朗らかであり、自然を通じ
てあたえられたものと密接に結びついています。

 かわいらしいのは、小さな緑の島々、丘陵の景色、樹木、入念に分けられた小さな一区画、そしても
っとも入念に耕された田畑、とくにそのそばに建っている小さな家屋、そして最後に日本人みずからの
言葉、その動作、その衣服、そして人びとが使用しているあらゆる家具等々。」(杉元142~3頁)




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