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zoom RSS 「新聞の父」ジョセフ・ヒコ、故郷への募る想いを捨てがたく生き

<<   作成日時 : 2014/08/11 05:43   >>

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ジョセフ・ヒコは日本では「新聞の父」として知られている。浜田彦蔵は浜田村の彦蔵であり幼名は彦太郎、ジョセフ・ヒコのジョセフはカトリックの洗礼名である。ヒコは今の兵庫県播磨町古宮に生まれ、13歳の時に江戸見物の帰りに乗った船が遭難し、漂流すること約2ヶ月、アメリカ船に助け上げられてアメリカ本土に至る。

アメリカでは良き人々に恵まれ、日本に居たのでは経験できないような、多くの機会に恵まれる。アメリカにおいては独立戦争、そして日本においては開国と、まさに歴史が大きく動くときの生き証人でもある。

ヒコに関して書かれた書籍は多くある。しかし、その中でヒコ自身が記した書は「漂流記」および「アメリカ彦蔵自伝」の2冊である。

漂流記は国立国会図書館デジタルコレクションに収められている。1850年10月30日、折から巻き起こった風雨を受け遭難。まず、転覆を回避するために積荷の一部を海に投棄。それでもまだ転覆のおそれがあったため、帆柱を切り倒し船の安定を保った。その時の船の様子を示したのがこの図である。

漂流記

画像


アメリカ彦蔵自伝

この書は平凡社より昭和39年に出版されたものである。ヒコが英語で書いた自伝を山口修、中川務両氏が日本語に翻訳したものである。上のタイトルをクリックすると目次および文章の一部を見られるようにした。目次(p1〜9)、「海外新聞」を発刊(p10〜11)、変貌した故郷(p12左下〜13)である。

最初にも記したように、ジョセフ・ヒコといえば「新聞の父」である。また、ヒコの故郷に対する思いは捨てがたく、日本に早く帰ることを大いに切望していた。従って、この2ヶ所の文章はページ数は少ないが、ヒコを知るためには重要と考えて引用した次第である。

「海外新聞」は実質的には1年のみの発行となったので、ヒコの評価は日本で一番最初に新聞を出したことである。また、積年想い続けた故郷は、訪ねてみると、戸数は減り、知った人は死んだかどこかに引っ越したかで、ヒコの意気消沈ぶりは文章からひしひしと伝わってくる。

子供の時に過ごした故郷の思い出は、その人の心の中に一生生き続けるものなのだろう。私も、子供の時を過ごした故郷は隅々まで思い出すことができる。そして現在の故郷はというと、大きく変貌している。知っている故郷と今ある故郷のギャップ、ヒコにはこれが受け入れられなかったようである。

歴史の生き証人であるヒコが記した「アメリカ彦蔵自伝」は当時の歴史を知る上で貴重な資料である。一気に読みきった。ヒコに関しては多くの書籍が発行されていると言ったが、この「アメリカ彦蔵自伝」はヒコ本人が記しているので、価値ある一次資料である。

ヒコはアメリカ国籍を得た一番最初の日本人である。日本語と英語ができ、広い人脈を持っていたので通訳として活躍した。商売にも手を出したが、自伝からは儲かったようには思えない。

歴史の荒波を泳ぎ抜いたヒコという人物の自伝。読んでみる価値はあると思う。

なお、播磨町のとなりが加古川市であるが、加古川の郷土史家・飯沼博一さんが記した「ひろかずのブログ」に浜田彦蔵がまとめられていた。特に、自伝ではページを割いていない故郷に関して多く記述がなされている。




浜田彦蔵(Wikipedia) 抜粋

浜田 彦蔵(はまだ ひこぞう、旧字体:濱田彦藏、天保8年8月21日(1837年9月20日) - 明治30年(1897年)12月12日)は幕末に活躍した通訳、貿易商。「新聞の父」と言われる。洗礼名はジョセフ・ヒコ (Joseph Heco)。幼名は彦太郎(ひこたろう)。帰国後は「アメ彦」の通称で知られた。

生涯

播磨国加古郡阿閇村古宮(現・兵庫県加古郡播磨町)で生まれる。幼い頃に父を、嘉永4年(1851年)の13歳の時に母を亡くす。その直後に義父の船に乗って海に出て途中で知人の船・栄力丸に乗り換えて江戸に向かう航海中、その船が10月29日(11月22日)に紀伊半島の大王岬沖で難破。2ヶ月太平洋を漂流した後、12月21日(1852年1月12日)に南鳥島付近でアメリカの商船・オークランド号に発見され救助される。

(中略)

慶応4年8月7日(1868年9月22日)、18年ぶりに帰郷。明治2年(1869年)6月には大阪造幣局の創設に尽力した。その後は大蔵省に務めて国立銀行条例の編纂に関わったり茶の輸出、精米所経営などを行なった。明治30年(1897年)12月12日、心臓病の為東京の自宅にて61歳で死去。日本人に戻る法的根拠が無かったことから死後、外国人として青山の外国人墓地に葬られた。尚、国籍法が制定されたのは明治32年(1899年)のことであった。



Joseph Heco(Wikipedia)

Joseph Heco
Joseph Heco (born Hikozō Hamada (浜田彦蔵 Hamada Hikozō?) September 20, 1837 – December 12, 1897) was the first Japanese person to be naturalized as a United States citizen and the first to publish a Japanese language newspaper.

Contents [hide]
1 Early years
2 Interpreting career
3 Business career
4 Selected works
5 See also
6 Notes
7 References
8 External links



ひろかずのブログ

余話:『A History of Kakogawa City』 神戸新聞で紹介(2014年4月7日)
 郷土史家の飯沼博一さん(70)兵庫県加古川市尾上町今福=が、加古川周辺の歴史を英語で紹介する冊子をこのほど作成した。
 日本史の時間軸に沿い、加古川周辺の史実に基づいて、東播の寺社や史跡、文化を中心に紹介。戦国武将・黒田官兵衛も深く関与した豊臣秀吉の「播磨攻め」を書き足したほか、江戸期に発達した高砂の船運や、大水で何度も流れが変わった加古川の流域の変化を詳述。新聞の父ジョセフ・ヒコや、天皇機関説を提唱した美濃部達吉ら偉人紹介のコーナーもある。

1 十三歳の時に漂流 「ジョセフ・ヒコ物語」をしよう
http://azaleapines.blog.ocn.ne.jp/hirokazu/2014/05/post_7b78.html
2 遭難 彦太郎、古宮に誕生 遭難
http://azaleapines.blog.ocn.ne.jp/hirokazu/2014/05/post_64b4.html
3 サンフランシスコ上陸 サンフランシスコの町
http://azaleapines.blog.ocn.ne.jp/hirokazu/2014/05/post_a7ea.html
4 アメリカで(15〜21歳) もう一度アメリカへ 彦太郎(15〜21歳)アメリカで過ごす
http://azaleapines.blog.ocn.ne.jp/hirokazu/2014/05/1521_0428.html
5 サンダース氏との出会い アメリカ大統領ピアース氏に会う
http://azaleapines.blog.ocn.ne.jp/hirokazu/2014/05/post_4c3f.html
6 日系アメリカ人第一号 「ジョセフ・ヒコ」の誕生 日系アメリカ人第一号
http://azaleapines.blog.ocn.ne.jp/hirokazu/2014/05/128_6d54.html
7 ヒコ、幕末の外交史に登場 ヒコ、三度アメリカへ
http://azaleapines.blog.ocn.ne.jp/hirokazu/2014/05/post_1e10.html
8 リンカーン大統領に会う 大統領は雲の上の人では?
http://azaleapines.blog.ocn.ne.jp/hirokazu/2014/05/post_e6e4.html
9 リンカーン大統領に会う リンカーンはやさしい人
http://azaleapines.blog.ocn.ne.jp/hirokazu/2014/05/post_9199.html
10 サンダースさんとの別れ サヨウナラ
http://azaleapines.blog.ocn.ne.jp/hirokazu/2014/05/post_8ef4.html
11 日本は、攘夷の嵐
http://azaleapines.blog.ocn.ne.jp/hirokazu/2014/05/post_0b15.html
12 下関戦争へ 長州藩、アメリカ船を攻撃 ヒコ、下関戦争に通訳として参戦へ
http://azaleapines.blog.ocn.ne.jp/hirokazu/2014/05/post_9f25.html
13 下関戦争 薩英戦争
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14 ヒコ、命をねらわれる ヒコ、通訳官を辞任
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15 新聞の父 ヒコ貿易商に 商業(情報)の時代
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16 新聞の父 新聞 世界の情勢を知るために 
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17 新聞の父 新聞をつくろう アメリカの新聞事情 新聞をつくろう!
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18 新聞の父 日本語が書けない 新聞をつくる 私は、日本語が書けない
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19 新聞の父 海外新聞 ヘボンとの出会い 岸田吟香との出会い
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20 新聞の父 「海外新聞」を発行 リンカーンの暗殺を記事に
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22 伊藤博文・木戸孝允を知る グラバーを手伝う 木戸孝允・伊藤博文を知る
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32 ヒコ故郷へ帰る母の墓を建てたい  横文字の墓 
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33 ヒコ故郷へ帰る 石寅、英語を刻む 元、姫路藩主からの手紙 本庄へ立ち寄る
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34 ヒコ逝く なじめなかった故郷 ヒコ逝く(明治30年12月12日)
http://azaleapines.blog.ocn.ne.jp/hirokazu/2014/06/post_7748.html

新聞発行から150年(2014年5月29日)
http://azaleapines.blog.ocn.ne.jp/hirokazu/2014/05/150_9728.html



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