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zoom RSS 広中平祐著「学問の発見」 人はなぜ学ばなければならないのか

<<   作成日時 : 2014/08/05 20:48   >>

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小学校では算数、そして中学、高校では数学の多くを学ぶが、そのうちのどれだけが実生活で役立っているのかとの疑問を持っている人も多いようだ。現役の高校生でも、なぜ将来必要としない数学を学ばなければならないのかと思っているものの数も多い。

この論法は数学だけに当てはまるものではない。化学式が将来一体何の役に立つのだ。日本史の年表を丸暗記して一体何の役に立つのだ、等々。数え上げればきりがない。

これに対する答えの一つが、広中平祐著「学問の発見」(佼成出版)に示されている。


なぜ人は苦労して学び、知識を得ようとするのか。私は、それに対して『知恵』を身につけるためだ、と答えることにしている。学ぶという中には、知恵という、目に見えないが生きていく上に非常に大切なものがつくられていくと思うのである。この知恵がつくられる限り、学んだことを忘れるということは人間の非とならないのである。例えば、忘れたことをもう一度必要にせまられて取り戻そうととする時、一度も勉強したことのない、全然聞いたことも経験したこともない人と違って、最低、心の準備ぐらいはできるし、時間をかければさほど苦労しなくてもそのことを理解できることだってある。

 知恵には、そういう側面がある。私はそれを知恵の「広さ」と呼んでいる。さらに、その「知恵」には、ものごとを深くみつめる「深さ」という側面がある。そして、ものごとの決断力を促す「強さ」という側面もある。

 人は、なぜ、ものを学ばなければならないのかという問いに対して、私は、そういった「知恵」を身につけるためだということを回答にしている。”


勉強する、学習するとはものの考え方を鍛えることだと私は思う。知識としての学習内容は時間とともに忘れ去られるかのしれないが、そのときに苦労したことや考えたことは身について残っていく。そして、次に新たな困難に出会った時にも、それをクリアしていけるだけの自信と知恵が備わってくる。この考え方に大きな間違いはないだろう。

私も毎日、時間を決めてブログを書いている。そのブログの内容は世間一般から見ると大したことはないかもしれない。「あたりまえのことを書き連ねている」と評価されているかもしれない。だが、毎日この作業を続けることで、知識の整理ができ、考え方の幅が広がる。毎日の僅かな努力が知識を知恵へと昇華して行っているものと認識している。この努力を数年単位で続ければ、ほとんどのことは物怖じせずに短い時間で対処できるようになると信じている。

さて、広中平祐先生は紹介の著書の中で、ひとつの宿題を出されている。結構難しい宿題である。

わたしは、この宿題は解けても解けなくても、どちらでも良いと思う。数日、そして数週間かけてひとつの問題を考え通す努力、これが大切である。この図をずっと眺めていると、今まで見えなかったものが見えてくる。そこに大きな気づきがある。これが学習するということであると思う。



広中平祐著「学問の発見」 p.63の問題
画像


どうしても答えが知りたい方は、つぎのサイトにその一例が示されています。

春日井東高等学校 堀部和経先生による解答



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