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zoom RSS 博士号を取得する方法、そして日本の博士の実力はいかに?

<<   作成日時 : 2014/08/09 05:26   >>

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日本経済新聞8月8日の記事に「増える博士、問われる質」と題する記事が掲載された。この記事は、さらに「審査基準、大学ごとに規定」と続く。

この記事より要点を抜粋する。まずは、博士号の取得方法には課程博士と論文博士の2通りがある。

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さらに引用を続けると、

1980年代には論文博士の取得者が課程博士を上回ったが、90年代に入って課程博士の増加で論文博士の割合は相対的に低下し、論文博士取得者は2010年度はピーク時の半分以下の2768人で、博士号取得者全体に占める割合も16%に留まった。

課程博士が増えた理由は、理科系人材強化を狙った大学院重点化や2006年度から5ヵ年計画で実施された「ポスドク1万人計画」によって、2005年度には3435人だった理工系大学院卒の博士号取得者は、2000年度には4953人、2005年度には5820人と大幅に増えた。

国内には国公私立合計で782大学があり、うち435大学が博士課程を持つ(2013年度)。博士号の取得基準などは各大学が個別に定めている。
                                                      引用終了


最近早稲田大学で、博士号の授与に関する審査が甘いのではないかとの問題も発生した。大学により、博士号授与基準は大いに異なっている。上の図で示した「博士号を取得するまでの平均的な流れ」は非常にゆるい基準であると感じられる。今は名刺をいただいても○○博士、あるいは博士(○○)と記されているだけであるが、△△大学○○博士、△△大学博士(○○)と記述することが求められる時代がいずれやってくるかもしれない。そんな必要性があるほどに、大学によって博士の質(言い換えると博士の値打ち)が違っていると私は感じている。

1991年の改正で、それまでは○○博士であったものを、博士(○○)と表記するようになった。1991年から博士大量生産時代に入る。この大量に生産された博士(○○)をどこまで信じるか、それはその人物を直に見て見るより他に方法がない。欧米であれば、ひとつの道を極めて博士号を取得するとPh.D.(Philosophy Doctor)が授与される。この称号はオールマイティである。

ひとつの道を極めることは、道の極め方をマスターし、物事を探求する方法論を身につけたとみなされる。困難を乗り切った証でもある。その証として与えられるのが博士号(Ph.D.)である。Ph.D.は、そのPh.D.を得た分野だけでなく、他の分野であってもその道を極めていく力があるとみなされる。それが欧米である。

欧米においては、博士号取得者は大いに尊敬される。ドクターを持っているというだけで周りの見る目が違ってくる。これは、欧米のドクターの実力が一定以上の水準を保っている証拠であると私は感じている。そんな高い水準が保証されたドクターが、次の図に示すように、日本よりはるかに多くいる。

欧米においては、どこかの会社の社長が、全く異なる業種の社長へと引き抜かれ、そこで成果を上げていく。これもPh.D,と同じ考え方に基づいているのだろう。成功へと至る基本となるものの考え方、方法論は業種を問わず同じであるということだ。

日本の博士は、このようなオールマイティな実力を持ち合わせているだろうか。


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                      日本経済新聞 8月8日


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