墓参りにも過疎化の波が 誰も参らぬ墓が増えつつある

本日は車で家内の実家の墓参りをしてきた。この墓は寺院に隣接しているため、常に手入れが行き届き、どの墓にも花が備えられている。

一方、私の実家の墓は少し事情が違う。こちらは、町の管理となっている。江戸時代からの墓地であり、地面には草が生え放題だ。さらに、仕事の関係などで若い世代が都会に出ていき、墓参りそのものに人口減少の影響を直接に受けている。

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墓参りのためには事前準備が必要だ。まずは墓に生えた草を引き、花筒を洗う。田舎のことなので、どの家にも複数の墓石が連なっており、この作業に数時間はかかる。現在住んでいるところからの往復時間を入れると優に半日仕事となる。同じ兵庫県加古川市内に住んでいてもこのような状況であるから、大阪や東京から墓参りをしようとすれば、この作業を誰かにお願いしておく必要がある。

そして、春と秋の彼岸、盆、家によっては正月に先祖の墓に参る。都会で働き盛りの人にとっては時間的、物理的困難が十分に予想される。そんな理由も手伝ってか最近はだれも参ってこない墓が散見される。

いつの時代も同じなのかもしれないが、古い墓地には、一箇所に縁故者がわからなくなった無縁墓が集められている。少子化の進む日本で、すべての墓の面倒を見られるわけもないが、参ってくれる人がいなくなった墓を見つめていると、人がこの世に生きた証とはなんだろうかとついつい考えてしまう、秋の夜長である。


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