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zoom RSS 明日12月14日は兵庫県・播州赤穂で義士祭 ただし雪の降る気配はなし

<<   作成日時 : 2014/12/13 23:21   >>

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赤穂義士祭といえば忠臣蔵である。主君・浅野内匠頭の無念を四十七士が晴らした。赤穂義士祭とあるように、主人公たちは義士である。よく言われている赤穂浪士の浪士は響きが悪く、好んで義士が用いられるようである。

播州赤穂は兵庫県南西部の瀬戸内海に面した静かな町である。昭和までは温暖な気候を利用して製塩が行われていた。この町で赤穂義士祭が明日14日に執り行われる。毎年12月14日と決まっている。この根拠は太陰暦で12月14日の深夜から15日の明け方にかけて討ち入りが行われたことによっている。

義士祭の義士行列が本懐を遂げて江戸の町を整列して歩く姿を表しているのならば、この行列が行われるのは元禄15年12月15日(旧暦)ということになる。これは西暦では1703年1月31日となる。雪がしんしんと降る中を歩んでいくわけだが、1月31日と聞くと、なるほど雪が降っていても不思議ではない。だが、この雪は本当に降っていたのであろうか? 元禄赤穂事件(Wikipedia)によると、次のようになっている。物語は時代が進むにつれて脚色され、皆が期待するように面白おかしくなっていく。

実際に襲撃したのは現在の時刻で元禄15年12月15日(1703年1月31日)に入っての未明午前4時頃であった。江戸時代の慣習では夜明けの明六つと日暮れの暮六つ(1月30日では午前6時8分頃と午後5時39分)を境とし1日の始点を暁九つとした。この時に雪が降っていたというのは『仮名手本忠臣蔵』での脚色であり、実際は冷え込みが厳しかったが空は晴れていた。なお、月齢は13.6で満月の一歩手前であった。


赤穂市ホームページより
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赤穂義士祭(Wikipedia)

赤穂義士祭(あこうぎしさい)は、兵庫県南西部の赤穂市で毎年赤穂義士たちが討ち入りを果たした12月14日に行われる祭りである。

第111回 赤穂義士祭[3]:平成26年12月14日(日)
忠臣蔵パレード(赤穂城大手門前10:00〜本部席前15:00頃終了)6年振りの日曜日開催。 俳優松平健が、義士行列に大石内蔵助役で2年連続参加する。[2] 400席の本部観覧席設置。パレードの実況・司会は浜村淳。



赤穂浪士(Wikipedia)
元禄15年12月14日(1703年1月30日)深夜に旧主浅野長矩の仇[1]である高家吉良義央の屋敷に討ち入り、吉良義央および家人を殺害した(元禄赤穂事件)元赤穂藩士大石良雄以下47人の武士である。



BLOGOS 12月13日

<西暦と元号の整合性>忠臣蔵・赤穂浪士はいつ「討ち入り」したのか?

赤穂浪士が吉良邸に討ち入ったのは西暦何年のことだったでしょうか?

自由社版『新編新しい歴史教科書』には「1702(元禄15)年12月14日、赤穂藩(あこうはん)の浪士が江戸の吉良邸(きらてい)に討ち入りし」とあります。さらに赤穂浪士の地元赤穂市の観光案内サイトによると討ち入りは、元禄15年(西暦1702年)12月15日となっています。

14日と15日の違いがありますが、これは14日深夜とするか15日早朝とするかの違いだけで、両者とも1702年12月14日から15日にかけての夜中に討ち入りは行われたとしています。

一方で、討ち入りの元禄15年12月14日は西暦1703年1月30日という記述も多く見られます。この違いはもちろん太陽暦と旧暦(月の満ち欠けを基本にしてひと月が29日ほど)との違いから生じたものです。

単純に合理性だけから言えば、元禄15年12月14日を西暦1702年とするのは疑問です。それにしても討ち入りが年が明けた正月の出来事というのでは気分が出ませんね。「なにもおめでたい月にそんなことしなくても・・・」と言われそうです。

上記の教科書も赤穂市役所も、西暦をうっかり1年間違えたわけではありません。“元禄15年は1702年”、という表記をしているのだと思います。元禄15年の1月1日から11月13日までは西暦1702年ですから元禄15年の大部分が西暦1702年です。大部分が1702年なら、いっそ旧暦のその年の年末までを1702年としてしまった方がわかりやすいだろうという、けっこうゆるい考え方をしているのが日本の教科書なのです。自由社も赤穂市役所もその考え方に従っているのでしょうね。



2014年12月14日 赤穂義士祭

松平健さんが演じる大石内蔵助
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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
江戸の泉岳寺でもやってます。
http://www.sengakuji.or.jp/event/akougishisai.html

広島の浅野本家では何もしていません。

浅野家
http://www.ab.auone-net.jp/~tadeho48/akogisi/asanotosiro/asanoke.html
匿名
2014/12/14 13:17
匿名様

情報を頂きありがとうございます。Wikipediaに「赤穂義士祭」とタイトルされている理由は泉岳寺義士祭があるからだと思います。江戸の泉岳寺に対するものは赤穂の花岳寺(かがくじ)となります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%B1%E5%B2%B3%E5%AF%BA

本日14日は、ほぼ50年ぶりに義士祭を見学に行ってきました。赤穂城は城内にあった赤穂高校が立ち退き、それに伴い庭園が作られ、城壁やお堀も大きく回収されていまshたので、私の記憶する赤穂城とは大きく様変わりでした。

義士行列での大石内蔵助役は松平健さんでしたので、その勇姿?を本文に加えました。
畑啓之
2014/12/14 20:26
私も二十数年前頃に赤穂場跡へ行ったことがありますが当時は庭に屋敷跡の間取りを示す石が敷き詰められていただけだったと記憶しています。おそらく今の城は事件当時よりも立派になっていると思います。
匿名
2014/12/15 08:50

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