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zoom RSS 吉行あぐりさん 107歳の天寿 人はいかに生ある人生を生きるのか

<<   作成日時 : 2015/01/11 08:39   >>

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1997年に放送されたNHK連続テレビ小説「あぐり」のモデルとなった吉行あぐりさんが107歳で亡くなった。私の周りでも最近100歳を超えて亡くなる人の数は増えてきたが、107才という年齢は聞くことはない。

長女で女優の吉行和子さんの言によれば「あきれるくらい楽天的で頑固ものでした」ということである。人は人生とどのように向き合うか、そう考えると誰のために、何のためにと哲学めいた話になってしまうのだが、やはり人生は楽しく明るくがなくてはならない。何の悔いや憂いを持たない人などはいないことと思うが、そんな中でも一日々々を明るく過ごし107歳の天寿を全うされたことは素晴らしいことである。

「あぐり」という言葉は、アグリカルチャー(農業)からきているが、この言葉の意味するところは豊穣であり再生産である。吉行あぐりさんは死した後も子孫や周りの人の心の中に多くの豊穣を留めることだろう。



NHK 1月11日

連続テレビ小説モデル 吉行あぐりさん死去
1月11日 0時40分

作家の吉行淳之介さんや女優の吉行和子さんの母親で、NHKの連続テレビ小説「あぐり」のモデルになったことで知られる吉行あぐりさんが、今月5日、肺炎のため亡くなりました。107歳でした。

吉行あぐりさんは、明治40年岡山市に生まれ、女学校に在学中15歳で作家の吉行エイスケさんと結婚しました。
東京で、日本の美容師の草分け、山野千枝子さんの指導を受けて美容院を開き、その後90歳を超えるまで一貫して美容師の仕事を続けてきました。
エイスケさんは昭和15年に亡くなりましたが、吉行さんが執筆した自伝を基に平成9年に放送されたNHKの連続テレビ小説「あぐり」では、夫の急死にもめげず、3人の子どもを育てながら戦前戦後を明るく生き抜く姿が描かれ、その自立した生き方が話題になりました。
長男の淳之介さんと、次女の理恵さんは、いずれも作家として芥川賞を受賞し、長女の和子さんは女優として活躍を続けています。
吉行和子さんは「107歳まで元気に生きました。いくつもの時代、いくつもの難事を乗り越えてきた母はあきれるくらい楽天的で頑固ものでした」とコメントしています


毎日 1月11日

訃報:吉行あぐりさん107歳=淳之介、和子さんの母 毎日

あぐりさんは吉行和子と吉行淳之介と吉行理恵の母、吉行エイスケの妻。
半生記をドラマ化した連続テレビ小説「あぐり」で知られる。
晩年は和子さんが出演する「ごちそうさん」を楽しみに見ていたという。



吉行あぐり(Wikipedia)
吉行 あぐり(よしゆき あぐり、1907年(明治40年)7月10日 - 2015年(平成27年)1月5日)は、岡山県岡山市出身の日本の美容師。本名・吉行 安久利(読み同じ)[1]。

1997年(平成9年)上期のNHK連続テレビ小説『あぐり』のモデルでもある。彼女自身の半生記『梅桃(ゆすらうめ)が実るとき』が原作となっている。

最初の夫は吉行エイスケ。吉行エイスケの死後、辻復と再婚した。吉行エイスケとの間に長男・吉行淳之介(小説家)、長女・吉行和子(女優)、次女・吉行理恵(詩人、小説家)がいる。うち淳之介と理恵は彼女よりも先に他界した。

姪(姉の娘)は医師の島村喜久治の妻・ピアニストの千枝子。その夫婦の息子が地震学者の島村英紀。

90歳を越えてから海外旅行を頻繁に行うようになった(長女の和子と共に)。


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