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zoom RSS 秋葉原無差別通り魔事件は結審したが、まだ多くの謎に包まれたままだ

<<   作成日時 : 2015/02/06 21:35   >>

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結局、何が犯人に自暴自棄な行動を起こさせたのか? そして、被害者に心から謝る気持ちに至ったのか? 
多くのことが不明瞭のまま「被告は死刑」という形で本事件は結審した。

事件の被害者はどこに怒りをぶつければ良いかがわからぬまま、結審に至ったということだ。この事件は事件そのものが異常なだけに、どこまで行っても合理的な説明や解釈などはないとは思うが・・・・・。

事件を起こした被告もストレス社会の被害者と言ってしまえばそれまでかもしれないが、そんなことで説明されてしまうと被害者はよけいに惨めになるだけだ。

心と心が通い会える社会はどのようにすれば作っていけるのか。合理主義?への舵取りで失われつつある心の交流を取り戻すことが日本の社会には求められている。



J-CastNews 2月3日

秋葉原無差別通り魔事件 加藤智大被告の死刑判決が確定へ

2008年に東京・秋葉原で7人が殺害された通り魔事件で、殺人罪などに問われた元派遣社員、加藤智大(ともひろ)被告(32)の上告審判決が2015年2月2日あり、最高裁第1法廷(桜井龍子裁判長)は上告を棄却した。1、2審の死刑判決が確定する。

1、2審判決によると、加藤被告は08年6月、東京・秋葉原の歩行者天国にトラックで突っ込んで歩行者5人をはね、その後ナイフで12人を刺した。

最高裁判決では、

「被告は秋葉原の歩行者天国における無差別殺人を企て、周到な準備のもと残虐な方法で実行した。事件が社会に与えた衝撃は大きく、遺族の処罰感情もしゅん烈だ。動機や経緯に酌量の余地は見いだせず、死刑を認めざるをえない」


秋葉原通り魔事件(Wikipedia)

秋葉原通り魔事件(あきはばらとおりまじけん)とは、2008年(平成20年)6月8日に東京都千代田区外神田(秋葉原)で発生した通り魔事件である。7人が死亡、10人が負傷した。

2008年(平成20年)6月8日12時30分過ぎ、東京都千代田区外神田4丁目の神田明神通りと中央通りが交わる交差点で、2トントラックが西側の神田明神下交差点方面から東に向かい、中央通りとの交差点に設置されていた赤信号を無視して突入、青信号を横断中の歩行者5人をはねとばした。

このトラックは交差点を過ぎて対向車線で信号待ちをしていたタクシーと接触して停車。周囲の人々は最初は交通事故だと思ったが、トラックを運転していた男は車を降りた後、道路に倒れこむ被害者の救護にかけつけた通行人・警察官ら14人を、所持していた両刃のダガーで立て続けに殺傷した。

この事件の犯人は、1997年(平成9年)の神戸連続児童殺傷事件の犯人(酒鬼薔薇聖斗・逮捕時14歳)や2000年(平成12年)の西鉄バスジャック事件(ネオむぎ茶・逮捕時17歳)を始めとする一連の少年犯罪でキレる17歳と呼ばれた世代(同学年・1982年4月2日 - 1983年4月1日生まれ)と同じ年齢だったことから、「理由なき犯罪世代」として世代論について語られた。また、西鉄バスジャック事件とはインターネットでの犯行予告という共通点もある。




ある被害者の手記(6ページもの) 2010年9月 より抜粋

6.8CASEにおける危機管理 その1 〜その時信号は青だった

1.はじめに
表題をご覧になって、秋葉原の歩行者天国で起こったあの忌まわしい事件をすぐに想起されることと思う。「6.8CASE」とは、平成20年(2008年)6月8日午後0:30過ぎに秋葉原で発生した無差別殺傷事件を表わしているが、この事件がなぜ起こったのか、この問いへ答えは2年経った今でも出ていない。すでに事件後2年以上経過し、多くの報道や取材が行われてきたが、真相に迫るものはなかなか見当たらないようである。かく言う筆者も、被害者のひとりであり、亡くなられた方々の遺族の皆さんの手前、報道機関の取材要請には全く応じないで沈黙を守ってきた。

2−3 その瞬間
身をかがめながらの移動はもどかしかった。悪いことに周囲の人々も腰が抜けたように転げたり、靴が脱げたりで騒然としているため、この人々にぶつかったりして思うように移動できない。
白いトラックが行き過ぎるのを呆然と見ていた場所から南に少し移動するのも時間がかかった。突然、右わき腹後方に何かが当たった。事件の犯人(正確には公判中なので「容疑者」)が接近してきて、筆者を刺したのだった。その時は、警官から奪った銃で誰かが「撃った」と思ったが、実際はダガーナイフで刺されていた。
その瞬間は何かが当たったと感じ、痛みはなかった。
しばらく走り路地に差し掛かった辺りで、その何かが当たった部位に手をかざすと、生暖かいものを感じた。血だ。娘が追いついて来たので、「やられた」と叫んだ。同時にこのまま走っていると出血多量で死んでしまうとも考えた。目に付いた路地の突き当たりにある石畳に倒れこんだ。




2012年6月4日に作成した文書

秋葉原通り魔無差別殺傷事件から6月8日ではや4年 そのとき時青年は何を思っていたのか?

手許に片田珠美著「無差別殺人の精神分析」(2009年)がある。物騒な題名ではあるが、この時の青年の精神状態をよく描き出している。

青年は良い高校、良い大学、そして良い会社へと進むことを期待され、教育ママのもとで育った。母親の引いたレールの上をただ走り続ける予定であった人生。友だちと遊ぶことすらも禁止された人生。そのような環境におかれた青年は次第に人との付き合いができなくなってくる。心と心のつながりが作れなくなる。そして、人の目を見て話せなくなる。さらに悪いことには成績低下による完全な落ちこぼれとなってしまう。

「生きる力」は自らの人生の目標を追い求めることにより培われていくものである。母親の、ママゴンの言うなりに操縦された青年の必然の結果であったかもしれないが、これはあまりに悲しい現実である。

本書に、「他者の評価に過敏で、自分が周囲からどのように見られているかを常に意識している、自意識過剰ともいえる少年の姿である。しかも、周りの人間が全部敵に見えているのではないかと思えるほど、被害的に受け止める傾向が強い。」とある。

本書には多くの無差別事件についての解説がなされている。秋葉原無差別殺傷事件、池袋通り魔殺人事件、下関通り魔殺人事件、大阪教育大池田小事件、コロンバイン高校銃乱射事件、ヴァージニア工科大銃乱射事件である。

無差別大量殺人は過去の同様の事件を真似て起こされることが多い(伝染する)とのこと。ここで、大量殺人とは単発の事件として一つの場所で発生し、通常24時間以内に終了するものをいう。

その要因は「復讐と憎悪」。アメリカの犯罪学者レヴィンとフォックスが、「大量殺人の心理・社会的分析」で次の6要因を挙げている。すべての事件はこの要因で説明できるとしている。

(A)素因
 (1)長期間にわたる欲求不満
 (2)他責的傾向
(B)促進要因
 (3)破壊的な喪失
 (4)外部のきっかけ
(C)容易にする要因
 (5)社会的、心理的な孤立
 (6)大量破壊のための武器の入手

そして、典型的な犯人像を次のように描写している。
「行為化は、目的が達成されず、長期間にわたって続いた欲求不満の結果であり、引き金となる出来事によって惨劇の幕が急激に切って落とされる。冷淡、悔恨の欠如、責任の否認が共通して認められる特徴である。」



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コメント(3件)

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「馬鹿騒ぎをする者は傍迷惑だが可愛らしい」なぜなら彼らは己に正直だからだ。

「良い子は迷惑にはならないが行動するまで何を考えているのか解らない」ので(長年月の間何度も心の中で繰り返していた鬱憤晴らしを)突然?(実際は狂ってはいないが狂ったように)実行する。
匿名
2015/02/07 08:52
和歌山県の児童殺害は児童にも殺される理由があると思いませんか?
匿名
2015/02/07 16:47
匿名様

匿名様の読みは確かですね。
和歌山の事件、本日2月16日の日本経済新聞に「からかわれ決意」とありました。
畑啓之
2015/02/16 20:55

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