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zoom RSS リチウムイオン二次電池開発で日本人のノーベル賞受賞はあるか?

<<   作成日時 : 2015/03/28 23:32   >>

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景況感の上げムード醸成には、実質的な経済指標の改善も大切であるが、日本国民が自信を取り戻せる明るいニュースもまた大切である。

昨年はLEDがノーベル賞に選ばれ、日本はある種のフィーバーに沸いた。

少し気が早いかもしれないが今年もノーベル賞を、とは誰しもが思うところだ。そんな記事があった(下に引用)。リチウムイオン二次電池の発明がその候補である。

日本を含め全世界が太陽電池や風力発電などで作り出される再生可能エネルギーに注目している。それに合わせて、自動車も水素エンジン、水素燃料電池、そして電気で動くものとさまざまな種類のものが上市され、その市場を少しずつではあるが広げつつある。

この自然エネルギーを電気に変換、その電気を直接動力に変換、あるいは一旦水素に変換したのちに動力に変換するこの一連の技術になくてはならないのが、自然エネルギーから得られた電力を蓄える技術である。そしてそれを担うのが蓄電池である。

その蓄電池のトップランナーがリチウムイオン二次電池である。そしてこの電池の完成には日本人の貢献が大きい。

昨年のLEDノーベル賞でも明らかなように、ノーベル賞は理学的なことだけではなく、工学的なことにも与えられる。下に日本語版と英語版のWikipediaを引用したが、日本人がリチウムイオン二次電池への貢献でノーベル賞を受賞できる日もそう遠くないのではないだろうか。日本の上げ潮をさらに強めるものとしてその受賞を心待ちにしている。



日経ビジネス 3月28日号(3月26日)

ノーベル賞の期待を背負うリチウムイオン電池 技術の日本 ビジネスの韓国

 2015年のノーベル賞の発表も、早いものであと半年後だ。今回も日本人の受賞に期待がかかる。候補として話題になっているのは、リチウムイオン電池や光触媒、超電導材料など。これらに関しては、日本の研究成果が世界から注目されている。

 リチウムイオン電池が、現在の実社会に浸透するまでには、日本だけでなく韓国の力が無視できない。ただし、ビジネスでは勝っている韓国ではあるが、ノーベル賞となると話は違う。

 今回のコラムでは、日韓の両国がその発展に貢献した、次のノーベル賞候補として期待の高いリチウムイオン電池について考察してみたい。受賞する可能性や、それを阻む要因、今後必要となる取り組みなどについて検証する。



リチウムイオン二次電池(Wikipedia)

1960年代、既にリチウムを電池に適用するアイデアはあった。 1970年代、エクソンのM Stanley Whittingham(Binghamton大学)が金属リチウム二次電池を紹介した。Whittinghamは硫化チタンを正極に金属リチウムを負極に使用した。

1980年、ジョン・グッドイナフと水島公一らがリチウムと酸化コバルトの化合物であるコバルト酸リチウム (LiCoO2) などのリチウム遷移金属酸化物正極を提案した。これがリチウムイオン二次電池の正極の起源である。

1980年代には金属リチウムを負極活物質に用いた金属リチウム二次電池が製品化されたが、金属リチウムの化学活性がきわめて高いため、可逆性や反応性に問題があった。NTTのショルダー型携帯電話などで発火事故が相次ぎ、実用化されたとは言いがたく広く用いられることはなかった。

このため金属リチウムを代替する材料の探索が進められることとなる。1981年に、三洋電機から黒鉛炭素質を負極材料とする二次電池の特許が出願された。一方、1982年、ラシド・ヤザミ(Rachid Yazami)らは固体電解質を用いて、黒鉛にリチウムイオンを電気化学的に吸蔵放出させることを実証した。

しかし、負極に黒鉛を用いると、当時の一般的な電解液(プロピレンカーボネート)の分解反応が起こり充電することができないという問題があった。

リチウムイオン二次電池の創出と実現

1983年に吉野彰らは、2000年にノーベル化学賞を受賞した白川英樹博士が発見した電気を通すプラスチックポリアセチレンに注目し、1981年に有機溶媒を用いた二次電池の負極に適していることを見いだした。また、正極には1980年にジョン・グッドイナフらが発見したコバルト酸リチウム (LiCoO2) などのリチウム遷移金属酸化物を用いて、リチウムイオン二次電池の原型を創出した。

しかし、ポリアセチレンは真比重が低く電池容量が高くならないことと、電極材料として不安定である問題があった。

そこで、1985年、吉野彰らは炭素材料を負極とし、リチウムを含有するLiCoO2を正極とする新しい二次電池であるリチウムイオン二次電池(LIB)の基本概念を確立した。

リチウムイオン電池はかつては日本メーカーのシェアが高く、9割以上を占めた時代もあった。三洋電機、三洋GSソフトエナジー、ソニー、パナソニック エナジー社、日立マクセル、NECトーキンなどが主なメーカーとして知られている。一方、韓国(サムスンSDI、LG化学)、中国 (BYD)、台湾などで生産量が増えてきている。朝日新聞によると世界市場シェアについては三洋電機を含めてパナソニック26%、韓国サムスン20%、韓国LG14%、ソニー11%、中国BYD6%、その他23%となっている。2013年の統計では、サムスンがトップ、国別でも韓国が一位であるが、需要が電子機器から自動車に移ってきており、現在の投資状況からすると、将来的には日本メーカーが逆転する勢いにある。



Lithium-ion battery(Wikipedia)

Lithium batteries were first proposed by M. S. Whittingham, now at Binghamton University, while working for Exxon in the 1970s. Whittingham used titanium(IV) sulfide and lithium metal as the electrodes. Batteries with metallic lithium electrodes presented safety issues, as lithium is a highly reactive element; it burns in normal atmospheric conditions because of the presence of water and oxygen. As a result, research moved to develop batteries where, instead of metallic lithium, only lithium compounds are present, being capable of accepting and releasing lithium ions.

Reversible intercalation in graphite and intercalation into cathodic oxides was discovered in the 1970s by J. O. Besenhard at TU Munich. Besenhard proposed its application in lithium cells. Electrolyte decomposition and solvent co-intercalation into graphite were severe early drawbacks for battery life.

At Oxford University, England, in 1979, John Goodenough and Koichi Mizushima demonstrated a rechargeable cell with voltage in the 4 V range using lithium cobalt oxide (LiCoO2) as the positive electrode and lithium metal as the negative electrode.

In 1977, Samar Basu demonstrated electrochemical intercalation of lithium in graphite at the University of Pennsylvania. This led to the development of a workable lithium intercalated graphite electrode at Bell Labs (LiC6) to provide an alternative to the lithium metal electrode battery.

In 1980, Rachid Yazami demonstrated the reversible electrochemical intercalation of lithium in graphite. The organic electrolytes available at the time would decompose during charging with a graphite negative electrode, slowing the development of a rechargeable lithium/graphite battery.

In 1983, Michael M. Thackeray, Goodenough, and coworkers identified manganese spinel as a positive electrode material. Spinel showed great promise, given its low-cost, good electronic and lithium ion conductivity, and three-dimensional structure, which gives it good structural stability.

In 1985, Akira Yoshino assembled a prototype cell using carbonaceous material into which lithium ions could be inserted as one electrode, and lithium cobalt oxide (LiCoO2), which is stable in air, as the other. By using materials without metallic lithium, safety was dramatically improved. LiCoO2 enabled industrial-scale production and represents the birth of the current lithium-ion battery.

In 1989, Goodenough and Arumugam Manthiram of the University of Texas at Austin showed that positive electrodes containing polyanions, e.g., sulfates, produce higher voltages than oxides due to the induction effect of the polyanion.



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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
それは無いと思う。

何故ならば、電池は鉛やマンガン電池以来この方全く賞とは縁が無かったからだ。
匿名
2015/03/29 17:08

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