爆弾 17000 発に「姫路城」は燃えなかった これは確率的には偶然である

米軍は姫路城を爆撃のターゲットから外した。従って、姫路城は燃えずに済んだ。このような話もある。また、空襲の後で天守閣に登ってみるとそこには2発の不発焼夷弾があり、危いところで難を逃れたとの話もある。

そして、本日の神戸新聞の記事からすると、姫路城が燃えずに済んだのは奇跡に近い。焼夷弾が着弾する確率円の半径は1.2km、この円の中に50%の焼夷弾が着弾する。姫路城全体がこの円の中に入っているので、着弾しなかったのは奇跡といってよいだろう。あるいは、上で示したように、着弾したにもかかわらず発火に至らなかったのは奇跡といってよいだろう。あるいは、パイロットたちの腕が上がり、ほとんどの焼夷弾はピンポイントで標的座標に落ちたということもありえるのだろうか??

Wikipedia中で、投下された焼夷弾の量を数に換算しておいた。

姫路空襲(Wikipedia)
大東亜戦争末期の1945年6月22日と7月3日深夜から7月4日未明にかけて兵庫県姫路市が受けた2度の空襲のこと。

空襲から守るために黒い網を掛けられた姫路城

1945年6月22日午前9時46分から同10時37分(日本時間)
B-29爆撃機数 52機
投下した焼夷弾の種類、量
AN-M64 350.7米トン  500ポンド爆弾  約1550発
http://harringtonmuseum.org.uk/an-m64/
計 350.7米トン 約1550発

1945年7月3日16時23分(日本時間)
B-29爆撃機数 106機
約2時間、姫路市街地全域に焼夷弾が降り注いだ。火の手は姫路駅前から上がり、順次周辺へと拡大、町は火の海と化し、総戸数の40%が焼失。飾磨でも一部が被災した。
姫路城は天守に命中した焼夷弾が発火せずに焼失を免れ、その姿に勇気づけられた被災者もいたようである。
投下した焼夷弾の種類、量
E46 546.6米トン  115ポンド爆弾  約10500発
https://bulletpicker.com/bomb_-115-lb-chemical_-m70_-m7.html

AN-M47A2 220.5米トン 45kg焼夷弾 約4900発
https://hirahaku.jp/web_yomimono/hirareki/hirareki38/
二つめはM47焼夷爆弾(AN-M47A2)です。これは直径20cm、長さ1.2m、重量45㎏の爆発性の焼夷弾で、鉄製の弾筒内にガソリンにゴム・灰汁・ココナッツ油を混合したゼリー状の油脂約18㎏を封入し、弾頭に火薬を装填して投下しました。終端速度は270m/秒で、平塚空襲では41,706本投下されました。計 767.1米トン

合計  約15000発


本日 2020年8月9日の姫路城




図表入りの記事はこちらにあります。
http://www.alchemist.jp/Blog/200809.pdf

ブログ一覧はこちらにあります。
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