受精卵は生命ですか? 物質ですか? ES細胞での議論はどこへ?

下の記事にある受精前スクリーニングは倫理的に許されるか?

受精卵は生命か? それとも物質か? この議論には結論が出ないように感じられます。「生命である」と主張する人と、いや違う、まだ人間として機能していないのだから「物質である」と主張する人。この主張は両極端ですが、受精卵は生命か物質かのどちらかであり、その中間はないと考えられますので、この議論はどこまで行っても平行線。結局は時代と時間の流れが結論を出していくことになるのでしょう。その結論に至る道程に、社会一般の人々から多くのコンセンサスを得るという手続きが加わることも必要条件となるでしょう。

これはすごい話です。神ならぬ人間が、便宜的にせよ、受精卵が生命か物質を決めることになるのです。

ES細胞(胚性幹細胞、Wikipedia)においては、受精卵の「生命!」を絶つことが倫理上の問題となりました。

ヒトES細胞の倫理的問題(Wikipedia)
 ES細胞を樹立するには、ヒトの場合には、受精卵を材料として用いることで、生命の萌芽を滅失してしまうために倫理的な論議を呼んでいる(一般的に、卵子が受精して発生を開始した受精卵以降を生命の萌芽として倫理問題の対象となるとみなしている。神経系が発達した以降の胚を生命の萌芽とみなす考え方もある。)。



1個のみの受精卵が正常であれば問題はない? 受精卵が複数個あり、その中の1個のみを子宮に戻す場合には倫理的な問題が生じる? 受精卵遺伝子に欠陥があり、その受精卵を廃棄しても将来起こる問題をあらかじめ取り去ったのだから、倫理的には許される??

生命が自由に扱えるようになったと思い込んだところにこの問題が生じています。確かに、受精卵をものとして扱う限りにおいては、これは人間の領域に属することなのかもしれません。しかし、その一方で、私たちは生命とはそんなに薄っぺらなものではないと思っていますし、多くの人にとっては生命は神の領域に属しています。この日本においても、最近でこそ年齢を満年齢とする場合が多くなりましたが、数え年を用いるのにはそれなりの理由があったのでしょう。


数え年(Wikipedia)

始まりを1歳とする理由[編集]
1. 1.0の概念が存在しない、あるいは序数として扱い0を起点としない 元号や学年なども「1年」から始まり「0年」は無い。同様に、生まれて1年目の齢=1歳と考える。 現在でも妊娠月齢などは、0ヶ月がなく1ヶ月から始まる方式となっている。

2. 宗教的(仏教など)な考えに基づく理由 胎児が母親の胎内にいる期間(十月十日〈とつきとおか〉)も年齢に加算する。



YomiuriShinbun 2月8日

受精卵スクリーニング、臨床研究実施控えシンポ

日本産科婦人科学会は7日、受精卵の染色体を幅広く調べ、正常なものだけを子宮に戻す「着床前スクリーニング」の公開シンポジウムを東京都内で開き、医師や患者らが意義や課題について議論した。

 学会は昨年12月、着床前スクリーニングの臨床研究を今年中にも始めることを大筋で承認した。今月末の理事会で実施を正式決定する予定だ。

 臨床研究では、着床前スクリーニングを行う人と行わない人を300人ずつ集め、流産を減らし、妊娠や出産の可能性を高められるかを検証する。高齢になっても妊娠や出産を望む女性の増加が、研究の背景にある。高齢化で受精卵の染色体異常が増えると、不妊や流産が起きやすくなるとされている。

 シンポジウムでは、不妊治療を行う産科医が「女性にとって流産はつらい。着床前スクリーニングを受けられるようにすべきだという患者は多い」と話した。一方、先天的な障害をもつ患者は「自分たちはふるい分けの対象になる。障害があっても育み合える社会を作りたい」と述べた。



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