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zoom RSS 日本の学校教育では独創性は育たない?

<<   作成日時 : 2013/10/16 00:34   >>

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 今、日本の国を挙げて、如何にすれば独創性を育てられるかが叫ばれている。独創性のある仕事や事業がなければ国際競争に打ち勝っていけないことにやっと気づき始めたからである。独創的ということは、従来の考え方や常識を打ち破るということで、もしそんなことをしたら、日本の社会では村八分、出世の見込みはゼロ。これが今までの日本の常識であった。この常識を打ち破らなければ独創的な仕事や発明が生まれてこないと、多くの人が思い出したということは、日本人の考え方の中にも少し独創性の芽が芽生え始めたと考えても良いのかもしれない。

 今までの、小学校、中学校、高等学校、そして大学での教育は、知識の教育、詰め込みの教育であった。知識をインプットして、それをよどみなくアウトプットする。これが出来る人を秀才と呼んだ。日本人は本来は頭の良い民族であるから、ある割合で天才が存在しても良いはずであるが、天才の発現率は案外低いのではと感じている。子供の時には神童とよばれても、二十すぎればただの人とはよく言ったもので、日本の教育体制が天才の芽を潰しているのは否めない事実ではないだろうか。日本の教育は、近年の塾ばやりでもわかるように、ますます思考を停止する方向に向かっている。

 天才とまでは言わないが、独創の目を育てるには常に考える習慣が必要である。考えの中で大風呂敷を広げ、その可能性を探る。そのためには、自発的に多くの事柄を調べ、それでも分からなければ実際に自分でやってみる。その結果を反芻して、さらに新たな発想へと進んでいく。これが独創を生み出すプロセスである。このプロセスにおいては、今までの常識には影響されずに自由に発想する力・勇気が必要になる。周囲の人々の反対や中傷に打ち勝って始めて事を成し遂げることができ、それが海外で独創的であると認められるというプロセスである。詰め込み方式の日本の教育では、やはり独創性の醸成は望みが薄いように思う。

 国家の計を何年後に置くか? 10年後?30年後?それとも100年後? 手塚治虫の描いた壮大な未来も徐々に現実になってきている。人間であるからには大きな夢を見ることが大切である。それが、独創性の扉の鍵を開けることになる。タブーという旧来からの習慣に負けることなく、興味を持ったことにはとことん邁進し、自分には不可能はないとの信念を持って前進する。日本にそのような若者が増えてくると、10年後が楽しみである。そのためには、そのような志を持った若者を育てていく教育制度のあり方を、現在の知識の教育から、考える・思考力を身につける教育へと大転換していく必要がある。多くの反対を押し切ってこれを成し遂げる施政者が現れることを願っている。


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