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zoom RSS 貧者救済にバチカンを売却するとカトリックはその勢力を失うか?

<<   作成日時 : 2013/10/29 04:53   >>

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 清貧を旨とすべきはずのカトリックの司教が40億円強を投じて自分のために贅を尽くした建物を建設したと、ドイツ国内で批難を浴びている。フランシスコ法王もこの事態を問題視している。

 カトリックの総本山であるバチカンはなかなか荘厳な作りである。このバチカンを時価に直すといくらになるかなどと考えてしまうこの心は不信心に満ちているのか? カトリックにかかわらずほとんどの宗教が荘厳・壮大な総本山を持ち、それが故に多くの信者を引きつけていることもまた事実である。カトリックから、そしてその他の宗教から、総本山をなくした場合、どうなるのか?

 キリストは宗教を問うたのではない。信仰を問うたのだと私は理解している。「私(キリスト)の名のもとに2人以上の人が集まるところ、そこに教会がある」 ミレイの晩鐘ではないが、田んぼの真ん中で心をひとつにするとき、そこに教会がある。キリストの求めた精神からすればバチカンの荘厳さも必要なくなる。いや、これはキリストの精神に反する代物だ。「貧しい人に分け与えなさい」 これがキリストのモットウである。清貧を旨とする現フランシスコ法王はバチカンを売り払い、それで得た財を救民に使うのが筋ではないか? これが単純に考えた場合のあるべき姿である。

 今のバチカンは、ある時代、おそらく教皇と国王が競っていた時代に贅を尽くして建築されていったものである。Wikipediaによると「326年にコンスタンティヌス1世によって使徒ペトロの墓所とされたこの地に最初の教会堂が建てられた。やがてこの地に住んだローマ司教が教皇として全カトリック教会に対して強い影響力をおよぼすようになると、バチカンはカトリック教会の本拠地として発展し、755年から19世紀まで存在した教皇領の拡大にともなって栄えるようになった。」となっている。この広告塔としてのバチカンがあり、それにより信者数が維持され献金が集まり、それが恵まれない人々の助けとなるとすると、荘厳な総本山の存在もその効果が否定されるものではない。

 ドイツの実情はどうか。ドイツは新教(プロテスタント)が主を占める国である。ここにカトリックの荘厳な教会が誕生し、バチカンと同じ原理でカトリックの信者を増やす役割の一部を担うならば、今回の投資も人の心を買うことにつながるのではないか? バチカンが何世紀もかけて現在の姿を築き上げてきたように、ドイツの司教会もこれから長い年月をかけてその実証をしていくことになるのでは? 今は強い批判を受けているが、非常に長い目で見ると、案外ドイツにおけるカトリックの巻き返しのための強力なツールとしての働きをするかもしれない。人の心の動きは神秘に満ちている。何がいつどのように変わるか、人の心が関係してくる場合の予測は難しい。



FNN 10月15日

ドイツの小さな町に突然現れた、総額41億円の邸宅の主のぜいたくな暮らしぶりが、厳しく批判されている。
その人物は、貧しい人を救うはずのカトリックの聖職者だった。
しっかりした門から、奥には壁画が見えた。
金属製のような板に、聖職者の絵が描かれているもので、この壁画だけでおよそ2億円という。
建物の総額は、およそ41億円。
ドイツ西部の小さな町に超豪邸を建てたのは、カトリック教会の司教、テバルツ・ファン・エルスト氏(53)。
この豪邸には、キリスト教徒から徴収している「教会税」も使われているとみられ、ドイツ国内で批判が殺到している。
住民は「こういうのを建てるんじゃなくて、飢えに苦しむ人を助けるのが、教会なんじゃないか?」と話した。
2013年7月には、ローマ法王が演説で、司祭たちに質素倹約を訴えたばかりだった。
7月、ローマ法王は「司祭が、最新モデルの車に乗っているのを見ると、胸が痛くなる。受け入れ難いことだ」と述べていた。



朝日新聞デジタル  10月24日

40億円豪邸、ドイツの「ぜいたく司教」に批判

 【ベルリン=松井健】ドイツ西部リンブルクのカトリックの司教が3100万ユーロ(約40億円)以上かけた豪邸の建設で批判を浴び、ローマ法王庁は23日、この司教を当面、職務から外す決定をした。ドイツでは「ぜいたく司教」と報じられており、「清貧」をむねとするフランシスコ法王が率いるローマ・カトリック教会にとっても打撃だ。

 司教はバチカンを訪問し、フランシスコ法王と21日に面会。法王庁の23日の発表によると、法王は「司教は現時点で教区での職務を執行できない状況になっている」として、司教館建設の調査が終わるまで司教が教区の外にとどまることが適当だと判断したという。調査終了後に最終的な決定をするとみられる。


参考 ドイツの世界遺産のうちカトリックに関するもの(Wikipedia)

アーヘン大聖堂 - (1978年、文化遺産)
シュパイアー大聖堂 - (1981年、文化遺産)
ヴュルツブルク司教館、その庭園群と広場 - (1981年、文化遺産)
ヴィースの巡礼教会 - (1983年、文化遺産)
  ブリュールのアウグストゥスブルク城と別邸ファルケンルスト - (1984年、文化遺産)
ヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミカエル聖堂 - (1985年、文化遺産)
トリーアのローマ遺跡群、聖ペテロ大聖堂、聖母聖堂 - (1986年、文化遺産)
  ハンザ同盟都市リューベック - (1987年、文化遺産)
  ポツダムとベルリンの宮殿群と公園群 - (1990年、文化遺産)
ロルシュの王立修道院とアルテンミュンスター - (1991年、文化遺産)
  ランメルスベルク鉱山、歴史都市ゴスラーとオーバーハルツ水利管理システム - (1992年・2010年、文化遺産)
  バンベルク市街 - (1993年、文化遺産)
マウルブロン修道院の建造物群 - (1993年、文化遺産)
クヴェードリンブルクの聖堂参事会教会、城と旧市街 - (1994年、文化遺産)
  フェルクリンゲン製鉄所 - (1994年、文化遺産)
  メッセル採掘場の化石発掘現場 - (1995年、自然遺産)
  アイスレーベンとヴィッテンベルクにあるルター記念建造物群 - (1996年、文化遺産)
  ヴァイマルとデッサウのバウハウスとその関連遺産群 - (1996年、文化遺産)
ケルン大聖堂 - (1996年、文化遺産)
  古典主義の都ヴァイマル - (1998年、文化遺産)
  ベルリンのムゼウムスインゼル(博物館島) - (1999年、文化遺産)
  ヴァルトブルク城 - (1999年、文化遺産)
  デッサウ・ヴェルリッツの庭園王国 - (2000年、文化遺産)
僧院の島ライヒェナウ - (2000年、文化遺産)
  エッセンのツォルフェアアイン炭鉱業遺産群 - (2001年、文化遺産)
  シュトラールズントおよびヴィスマールの歴史地区- (2002年、文化遺産)
  ライン渓谷中流上部 - (2002年、文化遺産)
  ドレスデン・エルベ渓谷 - (2004年、文化遺産)2009年登録抹消
  ブレーメンのマルクト広場の市庁舎とローラント像 - (2004年、文化遺産)
  ムスカウ公園 - (2004年、文化遺産)
  ローマ帝国の国境線 - (1987年、2005年・2008年拡張、文化遺産) リーメス
  レーゲンスブルクの旧市街とシュタットアムホーフ (2006年、文化遺産)
  カルパティア山脈のブナ原生林とドイツのブナ古林群 - (2007年・2011年、自然遺産)
  ベルリンのモダニズム集合住宅群 - (2008年、文化遺産)
  ワッデン海 - (2009年、自然遺産)
  アルフェルトのファグス工場 - (2011年、文化遺産)
  アルプス山脈周辺の先史時代の杭上住居群 - (2011年、文化遺産)
  バイロイトの辺境伯歌劇場 - (2012年、文化遺産)
  ベルクパルク・ヴィルヘルムスヘーエ - (2013年、文化遺産)


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