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zoom RSS 聖書の記述 イエス・キリスト「罪のない者だけ石を投げよ」

<<   作成日時 : 2013/11/20 00:01   >>

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 以下の引用はなかなかパンチの利いたパロディです。新約聖書を読んだことのある人ならば間違い個所はすぐに発見できると思います。

 しかし、この物語は非常によくできています。良識のある人は自分自身をよく知っているので、とても石など投げられません。しかし、自分自信を神と信じる人、神から選ばれていると信じる人(あるいは信じ込んでいる人)、生まれながらに神から与えられた(と考えられる)特殊な能力を持った人には何でもできてしまう可能性があります。

 神がかり的な言葉もテレビに流れていることがあります。風水や占いもまことしやかに語られています。一般人に見えない霊も彼らには簡単に見えますし、霊との話もできます。また霊の力を借りて、過去の事柄も未来の事柄も分かってしまいます。しかしながら、この分かってしまったというところが私たちにとっては具体的にその証拠が示されない場合が多いようです。一般の人間が神の力や神の御威光を知る力は小さいことが前提になっているのですから。それゆえに、霊能者の言うことを盲目的に信じて承認することが、その前提条件として存在するわけです。この前提条件なくしては、この話は成立しません。

 以上の話は、私達が住む3次元の世界から抜け出せた、特殊な才能を持つ人が語る話です。4次元から3次元は見えますが、3次元から4次元は見えません。この見えない世界に帰依して、世界的な宗教間の対立や戦争が起こります。

 聖地を同じくするユダヤ教、キリスト教、イスラム教などは同じ神を信じているはずですが時として仲たがいです。キリスト教でもカトリックと統一教会の隔たりの大きさには目を見張るものがあります。

 中心にあるのは「愛」のはずなのですが、教義が複雑化し、宗教が哲学的になるに従い、またもう一方で宗教(信仰ではない)や未知のパワーへの妄信が強まるなかで、「愛」の姿が霞んでしまうようです。これがイエスが女に石を投げつける世の中の到来です。「愛」を忘れて女に石を投げ続けるイエスへの帰依です。このパロディ、捨てたものではありませんね!


聖書の記述 イエス・キリスト「罪のない者だけ石を投げよ」

引用開始
ある時、イエスが弟子たちを連れて街中を闊歩していると、
一人の女性が民衆から石を投げつけられていた。
なぜこんなことをしているのかと、弟子が民衆の一人に問うと、
「この女は罪人だからだ」と答えた。
それを聞いたイエスは民衆にこう言った。
「ならばしかたがない。続けなさい」
そしてこう続けた。
「ただし、一度も罪を犯したことのない正しき者だけこの女性に石をぶつけなさい」
民衆は、とまどい、やがて一人また一人とその場を離れ、
石をぶつけているのはイエスただ一人だけとなった。
                                      引用終了



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