ヤ・ド・ヌ・シ(宿主)とは一体何なのか??わかったつもりのわからぬ言葉

家内が見ていたテレビ番組だか、撮りためていた映画番組だかわわからぬが、やたらに「ヤドヌシ」なる言葉が耳に入ってくる。この聞きなれない「ヤドヌシ」はきっと日本語であると思うのだが、「宿主」、宿屋の主人では話のつじつまが合いそうもない。

どうもこれは「宿主」(シュクシュ、しゅくしゅ)のことで、生物学用語であるようだ。それならわかるが、なぜにわざわざ「ヤドヌシ」などとわからぬ言葉、発音に変換する必要があるのだろうか。

当たり前の概念を、コペルニクス的転回で見方を変えると新しい発明がなされたと、番組のプロデューサーがただ一人、悦に入っているのか。しかし、専門用語でもない言葉をあたかも専門用語のように世間様に吹聴し、また世間もこれを抵抗もなく受け入れてしまう世の中とはどんなものなのだろう。

非常に些細などうでも良い問題と言われるかもしれないが、科学リテラシーに照らすと一事が万事のこの積み重ねが科学技術の進歩を妨げ、魔法の国へと国民を誘っているような気がしてならない。


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この記事へのコメント

匿名
2015年01月14日 09:09
アパートの持ち主の「家主:ヤヌシ」や日本特有の「家:イエ」制度の「世帯主:セタイヌシ」からの連想でしょうか?

おそらくこのような読み方を広める人は高校で生物を履修しなかったのでしょう。

専門家でも陥り易い「とんでも~」の類でしょう。

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